2008年07月19日

ゴールデンスランバー

「ゴールデンスランバー」        伊坂 幸太郎
★★



のっけから大事件が起きる。日本の首相が暗殺されてしまうのだ。容疑者はあっさりと判明する。物語はその容疑者を中心に進む。果たして、彼の運命は…

この作家は初めて読んだが、全体として文章が軽い。特に会話が。読みやすく、気分が重くならないというところはいいのだが、描写が緊迫感や真剣さに欠ける。軽すぎるのだ。首相の暗殺といえば大事件である。しかし、この本からはその深刻さがまったく伝わってこない。読んでいて、何か違うという感じがぬぐえない。軽快に語るべきところと、緊張感を持って語るべきところのメリハリがないのだ。そのため、全体的に薄っぺらい印象を受ける。

登場人物の特徴はよく描けている。その軽いノリに前半はついていけず、しらけた感じで読んでいたのだが、後半になってやっと面白くなり、最後のほうは一気に読んでしまった。軽妙さも才能のひとつだろうし、ある意味では面白い。しかし、大事件が起こっているのに、こんなに軽くていいの?という疑問が湧いてくる。シリアスであるはずの展開が次の瞬間、実に軽い会話で薄められてしまうのだ。胸を打つような場面もあるのだが、表現があまりうまくないため、心を揺さぶられるほどではない。それが作風なのだから仕方ないのだが、私の好みではない。私は東野圭吾が好きなのだが、彼の作風はオーソドックスで気に入っている。

全体として、作風で損をしている印象を受ける。場面によって文章にメリハリをつければ、もっと面白くなると思うのだが。楽しく、重くないものを読んでみたい人はこの作家を選んでもいいかもしれない。

最後に、この作品を最もよく表す書名をアマゾンで見つけた。「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ著
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2008年07月07日

サッカーを知的に愉しむ

サッカーを知的に愉しむ」     林信吾、葛岡智恭
★★



この本は、いきなり94年のW杯アメリカ大会の批判から始まる。アメリカ人は「特別」だと著者は言う。アメリカ人はフェアなスポーツを好む。サッカーは人数が少なくなってもその人数で最後まで戦い、ロスタイムの計測もいい加減なのでアメリカには長い間サッカーが根付かなかったのだと。よく日本では欧米と呼び、アメリカとヨーロッパを同じ考え方をするものとしてとらえているが、実際は違うらしい。ヨーロッパ人は運・不運も含めてゲームを楽しむが、アメリカ人は公平でなければ気が済まない。ここらあたり、はっきりと欧と米の違いが見られ、興味深い。

2002年の時点で発売された本なので、データは少し古いが、世界のサッカーのフォーメーションについても触れられている。トルシエジャパンが取っていた3-4-1-2というシステムは、4-2-3-1という流行のシステムには相性が悪い。サイドバックが真ん中に寄ってしまうため、両側のスペースが空いてしまい、そこを突かれるのだ。最近の日本代表の試合でも、岡田ジャパンは4-2-3-1を多く採用している。正しい選択といえるだろう。

この本で指摘されているように、サッカーを戦術的に見ようとするときに、テレビ観戦は向いていない。画面に映らない部分がサッカーにおいては結構大事なのだ。本当にサッカーを楽しみたければ、スタジアムに行くしかない。

フーリガンについても少し触れられている。フーリガンの出現の背景には、宗教的な対立や階級社会の存在があり、なかなか複雑らしい。それだけヨーロッパではサッカーの存在が大きく、サッカーに情熱を注ぐ人々が多いという見方もできるだろう。日本でも最近、ガンバ大阪と浦和レッズのサポーターが争いを起こし、チームは罰金を払わされている。もちろんこういう事件は防ぐべきなのだが、それだけ日本でもサッカー熱が高まってきたひとつの表れともいえる。

とりわけ印象に残るのがJリーグの百年構想である。Jリーグの各クラブがサッカーだけでなく総合的なスポーツ施設の整備や運営をし、スポーツ文化を地域に定着させようとするものである。スポーツ文化がまったく定着していないとは思わない。今でも、公立の体育館などがあって、そこではスポーツを手軽に楽しめる。プロ野球もすっかり文化として定着しているが、あれは企業の宣伝を前面に押し出したスポーツである。Jリーグは地元密着型のスポーツ文化なので、まったく発想が違う。Jリーグを中心として地域が活性化し、ついでにサッカーが強くなってW杯で優勝できるくらいになれば言うことはない。

日本独自のサッカーについても言及されている。私が考える日本の理想のサッカーは、攻撃的で、パスを回して相手ディフェンスを崩し、3点取ってもさらに4点目を取りにいくサッカー。今年のユーロのスペインやオランダのようなイメージである。間違っても、イタリアのようなサッカーはしてほしくない。そんなスタイルの日本が世界を席巻する日が来ることを願ってやまない。
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2008年07月01日

奇跡の人

奇跡の人」                真保 裕一
★★★★



奇跡―この物語の主人公は、まさにそれを体現したと言える。この言葉を聞いて、あなたは何を思うだろうか。たまたま運がよい人に起こることと思うかもしれない。しかし、それは違う。宮本延春という高校教師がいる。彼の中学時代の成績はオール1。入れる高校がなくて大工見習いになったぐらいである。しかし大人になってから勉強に目覚め、定時制高校から現役で名古屋大学理学部に合格してしまう。生まれつき頭が良かったのだという解釈もできる。しかし、私が言いたいのは本当によりよく生きたいという強い願望と意志を持ち続ければ、たいていの人は奇跡が起こせるということである。そんなメッセージがこの本からは感じ取れる。

全体を通して、人間に対する暖かい視点が伝わってくる。たぶん、著者の人柄なのだろう。

主人公は寝たきりの状態から奇跡的に回復し、自分のルーツを必死で探ろうとするが、なぜかそれは秘密にされている。そしてそれが明らかになったとき、私たちは衝撃を受けるだろう。さすが乱歩賞作家だけはある。単なる感動のヒューマンストーリーなどではない。ミステリー的な要素も十分入っている。それまでの暖かい世界観が崩れ去り、真実が明らかになる。それはこの物語を読んできた読者にとっても受け入れたくないものに違いない。が、現実はそう甘くない。最後に事実が明らかになったとき、胸が苦しくなった。これが小説の持つ力であろう。それでも、ラストシーンでは、またかすかな希望を残して物語は完結する。

人間が持つ強さ、愛が起こす奇跡―読んで損はない、感動作である。
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2008年06月22日

手紙

「手紙」                   東野 圭吾
★★★★★



ある男が泥棒をしてその家の老人に見つかり、その人を殺してしまう。それは弟のためだったのだが、彼は捕まり、弟は「殺人犯の弟」というレッテルを貼られて生きていくことになる。

テーマは「犯罪者の家族をどう扱うか」である。いかにも重い。しかし、小説自体はそれほど重い雰囲気ではない。その弟は、差別と偏見にさらされる中で、いくつかの希望を見出すのだ。それは、たとえば友人であったり、目標であったりする。彼なりに青春を取り戻すのを読むと、人間っていいな、とほんのり心が温かくなる。しかし、話が進むにつれて、そううまくはいかないことが分かってくる。殺人犯の家族だということがずっと彼に付きまとうのだ。その描写にはリアリティがある。殺人者とその家族は別の人間、犯罪に関係はないのだから差別すべきではない―みんなそう思っている。しかし、いざ目の前に殺人者の弟が現れたとき、そんな建前は崩れ去ってしまう。みんな、差別をすべきではないと分かっている。だが、本音ではトラブルに巻き込まれたり、世間体を悪くすることを恐れている。それが世間であり、社会なのだろう。

しかし、それでも私はこのような差別は許されるべきではないと強く思う。このような差別を許す社会を放置してはならない。子供ならまだしも、成長して自立した子供のしたことで親がなぜ責められなければならないのか。ましてや、兄がしたことに弟が責任を取る必要などあるわけがない。このような差別の根底にあるのは、優生思想であろう。ある種族や家系の人間は生まれつき優れているという思想。逆に言えば、犯罪者のDNAを持つ家族は排除すべきだという考えである。

かつてのナチスドイツの優生思想が何を生んだか、私たちはみんな知っている。私たちが犯罪加害者の家族を差別することは、ナチスによるユダヤ人の大量虐殺と同じ行動の動機があるということなのだ。あのような惨劇をまた私たちは繰り返すのか。いつになったら私たちは歴史から学び、成長できるのだろうか。やりきれない人間の性質がこの小説からは読み取れる。

東野は、私の考えとは真っ向から対立する意見を述べている。彼の意見は筋が通っており、納得もできる。しかし…それでも私は、差別に対しては正論を振りかざさなくてはいけない、という気がしてならない。ひとつの差別を認めることで、なし崩し的にほかの差別も肯定されるという危険があるからだ。また、差別を肯定することでこの世が少しでもよくなるとは思えない。それが実現しなくても、私たちは理想を持ち、それに向かって一歩一歩進んでいくべきだと思う。たとえ、それがどんなに青臭くても。
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2008年06月15日

ポンポン話すための瞬間英作文パターン・プラクティス

「ポンポン話すための瞬間英作文パターン・プラクティス」
★★★★



「どんどん話すための瞬間英作文」の著者による、パターンプラクティスのトレーニング本。この方法は、基本文形を変化させながら瞬間的に口に出すことで基本文型を自由自在に使えるようにするためのもの。たとえば、I have a book.という基本文があり、それをDo you have a book?という疑問文に変えたり、He has a book.などと言いかえをする。
 
パターンプラクティスの有名なトレーニング書としては、「アメリカ口語教本」がある。口語教本には4つのレベルがあるが、この本(ポンポン話すための…)は口語教本の入門編から初級編にあたるようだ。どちらを選ぶかは好き好きだが、パターンプラクティスに的を絞って編集してあるため、この本のほうが英会話初心者には適している。口語教本のほうは、発音や会話文など、パターンプラクティス以外の余計な要素が入っている。

私は同著者の瞬間英作文をやって、英検準1級2次試験に受かることができた。それで、この本も役に立つだろうと思い、本屋で立ち読みしてちょっとやってみたが、どのページでも瞬間的に答えが出せたので、購入はしなかった。瞬間英作文を一定の期間やって、英会話力がついていたからかもしれない。私の英会話力は、中の下ぐらいであろうか。この本のトレーニングは純粋な瞬間英作文に比べると、基本となる英文があって、それを言い換えるだけなので、負荷ははるかに軽い。私も「どんどん話すための瞬間英作文」はやったが、そちらは瞬間的に答えが出ない文もけっこうあった。この本は、英会話の初心者には向いているかもしれないが、ある程度の力を持った人には不要なテキストである。TOEICで600点ぐらいあれば、純粋な瞬間英作文をやったほうが力はつくだろう。

たぶん、TOEICで500点以下ぐらいの初心者向けのテキストなので、それに該当する方はやってみてください。
posted by 三毛ネコ at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

ブレイクスルー・トライアル

「ブレイクスルー・トライアル」         伊園 旬
★★★★



主人公はセキュリティ会社の社員。その会社が賞金を賭けて自社のセキュリティ・システムを破るトライアルを開催する。賞金額はなんと1億円。大学時代の友人に誘われ、その社員はトライアルに参加する。着々と準備は進み、本番に向けて緊張感も高まっていく。冒険小説ではあるが、このあたりはクライム・ノベルの雰囲気。

しかし、そこから物語は複雑になる。主人公の2人に普通でない過去があることが明らかになる。2人はそれぞれ、ある思惑を抱いてトライアルに参加したのだ。トライアルには、なぜかプロの泥棒も参加する。彼らにはまた別の目的があった。そしていよいよトライアルが始まる―。

前置きだけで実に166ページ。しかし、アクションシーンやクライム・ノベル的な要素も組み込まれていて、飽きずに読ませる。軽妙な語り口と会話も才能を感じさせる。そしてトライアルが始まってからは、冒険小説にふさわしく、知恵比べあり、アクションありで楽しませてくれる。

冒険小説。この響きは、いつも男(特に少年)を引きつけてやまない。トム・ソーヤの冒険、ロビンソンクルーソー。私たちはその本を手にし、つかの間のバーチャルリアリティの冒険活劇を満喫する。山を越え、海を渡り、大金を手に入れ、いろいろなスリルとサスペンスに満ちた世界を駆け抜ける。優れた冒険小説は、私たちを未知の世界へいざなってくれる。そこでひととき、人は夢を見て、明日の現実に戻る活力を取り戻すのだ。この作品は、まさしくそんな力を持つ物語のひとつである。
posted by 三毛ネコ at 12:25| Comment(4) | TrackBack(1) | 冒険小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

コイン・トス

「コイン・トス」              幸田 真音
★★



6年以上経っても鮮明に覚えているシーンがある。米国同時多発テロにより、ワールドトレードセンターが崩れ落ちていく映像だ。あの映像はショッキングであり、現実のものとは思えなかった。まして、犠牲者の家族、生き残った人々のショックは想像するに余りある。

この小説では、同時多発テロを題材とし、それに絡んで物語は進んでいく。主人公の愛する女性が、その時にWTCで働いていたのだ。その女性は、果たして…。

世界中の人々にとって、あのテロは衝撃だった。ましてや、人やものごとを深く観察し、掘り下げ、分析して表現していくことを生業とする作家にとってはなおさらである。私は、幸田がこの小説を書いた理由が分かる気がする。彼女は、自分が受けたショックやもやもやしたわだかまりを、このようなエンターテインメントを書くことで自分なりに消化し、また昇華させたかったのだろう。作家の感受性の鋭さとその性質をよく表している小説だ。

と思って読み終えると、彼女の思いはそれ以上だったらしい。あとがきにあるが、幸田の知り合いや友人がWTCで働いており、彼女は自分の受けたショックを乗り越えるためにこの小説を書いたのだ。内容的にはそれほど優れた小説とは思えない。しかし、著者にとって、この小説の持つ意味は非常に重い。誰もが経験するわけではない惨劇。この物語は、その渦中にいる人間が打ちひしがれ、そこから回復し、希望を見つけるまでの話である。読者のためというより、自分自身のために書かれたものである。私たちは、そこからいかにあのテロが人々にショックを与え、心に傷を負わせたかをうかがい知ることができる。この物語の主人公の心の動きは、そのまま著者自身の心の叫びでもある。
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2008年05月18日

流星の絆

「流星の絆」              東野 圭吾
★★★★



主人公の3兄妹の両親が殺されるところから物語は始まる。手がかりらしきものは出てくるのだが、結局その事件は迷宮入りになる。そして3兄妹は成長し、やがて法に触れる仕事をするようになる。悪どいやつから金を巻き上げるならまだしも、真面目に働いている人々から金を奪うので、多少主人公たちに感情移入しにくい面はある。しかし、勧善懲悪などというものがまかり通るのはテレビの時代劇ぐらいのものなので、一種のクライム・ノベルと思えば受け入れられないことはない。

3兄妹はあるターゲットを見つけるが、なんとそこで親の仇を発見してしまう。さらに、3兄妹の妹が仇の息子を好きになってしまうのだ。それからどういう結末が待っているか…それはあなたの目で確かめてもらいたい。

人間には理性と感情がある。ふだんは理性で感情をコントロールしているが、人間はロボットではないので、感情のままに衝動的に行動してしまうことは十分ありえる。このストーリーのようなシチュエーションはまず実際にはありえないだろうが、私たちに人間の不可思議さを考えさせてくれる。なぜ人は体に悪いと分かっていてタバコを吸いつづけるのか。なぜギャンブルで損をすると思いながら大金をつぎ込んでしまうのか。その答えは、人間は感情に流されやすい生き物だということだ。人間の行動はロボットやコンピューターのように予測のつくものではないし、だからこそ人間の行動をテーマにした多くの小説映画、演劇などが成り立つのだ。ひとりの人間を本当に理解するのは難しい。たとえそれが自分自身でも。だからこそ、このような小説の存在価値があるともいえる。

最後に、兄妹の長兄が言う印象的なセリフをひとつ。「俺たちって流れ星みたいだな。あてもなく飛ぶしかなくって、どこで燃え尽きるか分からない。だけど、俺たち三人はつながってる。いつだって絆で結ばれてる。だから、何も怖がるな。」
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2008年05月11日

信長は本当に天才だったのか

「信長は本当に天才だったのか」         工藤 健策
★★★



多くの歴史家が織田信長は天才だったと言っているが、それが真実かどうかを検証したのが本書である。

たとえば、桶狭間の戦い。信長の奇襲が成功して合戦に勝利したと一般には言われているが、実際はたまたま大雨が降って信長軍が今川軍から身を隠せたために戦に勝てたというのが本当のところらしい。しかも、その野外戦も自ら望んだものではなく、籠城戦では味方に裏切られる可能性があったため、やむなく出撃したという。今までのこの戦いのイメージとは大分異なる。

この本のとおりだとすると、信長は野戦は弱い、情報収集を軽視して怠る、軍略の能力も欠けている、と今までの信長像ががらがらと崩れていく。

信長は決して愚将ではなかったが、天才には程遠く、野心家で何度も失敗しながら武将として成長していったらしい。何のことはない、凡将である。

しかし、それでもいいではないか。信長は天才で英雄だった、多くの人はそれに文句を言おうとはしない。彼が凡人であることなど知りたくもないのだ。人には、作り物をあえてフィクションとして楽しみ、真実を見たがらない傾向がある。たとえば中国三国志。TVゲームにもなっているくらいなので、日本人なら誰もが一度は触れたことがある物語だ。あれは完全な創作で、正式の歴史書では魏国が漢の正当な後継者となっている。しかし、誰もそんなことには興味を示さない。また、ディズニーランドも同じである。人々はミッキーやドナルドダックの着ぐるみに集まってくるが、そのぬいぐるみを着ているのがさえないオッサンであることなど知りたがらない。人は歴史に真実など求めてはいない。求めるのは、ロマンである。それが人の特性である以上、この本のような試みは誰も歓迎しないだろう。人は歴史に物語性を求める。教科書的な歴史など、面白くもなんともないからである。もちろん、私たちは歴史の真実を知らなければならない。と同時に、歴史のロマンを楽しむ権利も持っている。この本の意義は真実を伝えることにある。

自分の歴史観を崩したくない人には薦められないが、それでも真実を知りたいという方はどうぞ読んでみてください。
posted by 三毛ネコ at 13:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

たぶん最後の御挨拶

「たぶん最後の御挨拶」          東野 圭吾
★★★★
 


ご存知、直木賞作家の数少ない、そして最後の(?)エッセイ。小説にはあまり見られないが、全体的に関西人らしいユーモアがあふれており、非常に読みやすい。これまでの経歴や思い出、好きなものなどがくだけた口調で語られる。

会社員時代に書いた、しかも下書きもなしにいきなり書き始めた第一作が江戸川乱歩賞の2次選考まで通ったということには驚かされる。「才能」としか言いようのないものがこの世には存在するのだ。

「鳥人計画」が吉川英治文学新人賞の候補になったという出来事も興味深い。私はこの作品ではじめて東野圭吾のことを知った。いわゆる本格推理でない広義のミステリーを読んだのは初めてだった。テーマが私の好きなスポーツということもあり、すごく新鮮でワクワクしながら読んだことを覚えている。この本で彼のファンになり、だいたいの作品は読んだ。忘れられないと同時に、お薦めの小説である。

東野は、このエッセイで好きな映画を10作品挙げているのだが、正直言ってがっかり。答えが当たり前すぎるのだ。やはり彼は学生時代の成績オール3の普通人なのか、と感じてしまった。

最近の東野は、本格推理を離れて、もっと大きなテーマのミステリーを書くようになった。前述のとおり、私には彼の「鳥人計画」が面白かったので、本格推理より広義のミステリーのほうが好きである。したがって、このような変化は大歓迎だ。それだけ、彼が経験を積み、人間として成熟してきたということかもしれない。成熟したからこそ、人間の悪意や加害者の家族について考えるようになり、視野が広がってきて、より深みのある作品を書けるようになったのだろう。

本嫌いなのに作家になってしまったという記述や、学生時代国語の成績がものすごく悪かったという話も面白い。それでよく作家になれたものだ。あるジャンルの本が好きで、それをたくさん読んでいればその分野の小説が書ける、と聞いたことがある。本嫌いが作家になれるはずがないのだが、これも才能のなせる業だろうか。

しかし、文学賞落選記録15回といえば相当な数である。才能のある彼でさえ、直木賞を取るのにデビューから20年ぐらいかかっているのだ。それに比べれば、私が今目指している英検一級などは大したことはない、努力すれば必ず取れるのだ、と励まされた気分になった。

東野がミュージカル好きであることや、猫好きであることなど、意外な事実も明かされる。特に、前半の「年譜」は面白いので、東野ファンはぜひ読んでみてほしい。
posted by 三毛ネコ at 10:30| Comment(2) | TrackBack(2) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする