2009年11月08日

浪花少年探偵団

「浪花少年探偵団」            東野 圭吾
★★★★




主人公は小学校の教師。悪ガキ達をなんとかまとめて指導しながら日々を送っている。そんな彼女の周りに次々と事件が起こる。彼女は持ち前の行動力と推理で事件を解決に導く。刑事の助けも借りながら。…と言っても、全然本格ミステリーなどではない。舞台は大阪。当然関西弁で物語は進行していき、ユーモアも交えられている。私は関西人だが、大阪府大出身の知人がいるので、南海高野線中もず駅などというローカルな地名が出てきたときは親しみを覚えた。大阪の雰囲気もよく出ている。さすがに著者は大阪出身だけあって、大阪人や街の様子もよく描けている。

ただ、気になるのは登場人物の使う関西弁。関西らしさを出そうとしているのは分かるのだが、現代人なら使わないような言い回しがある。たとえば、「しょうむない(つまらない)」という言葉。正しくはしょう「も」ないである。また、「ほんまでっせ」という言い方。こんな言い回しは年寄りかお笑い芸人でなければ使わない。特に最近の若者は、標準語に近付いており、アクセントだけが関西弁というように変わってきている。

この小説のコンセプトは、著者の地元である大阪を舞台に、笑いを取り入れた赤川次郎のようなユーモア・ミステリーを書こうとしているのだと思われる。その試みは、関西人の私から見ても見事に成功している。もう少し、ユーモアの要素が強くてもいいだろうという感じはするが。なかなか楽しめる作品ではある。




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2009年10月25日

サッカー戦術クロニクル

「サッカー戦術クロニクル」        西部 謙司
★★★★★




トータル・フットボール発祥の地、オランダのサッカーは面白い。非常に攻撃的である。何しろ、モットーが1-0で勝つより、2-3で負けるほうが美しいというお国柄なのだから。サッカーには、その国の国民性が色濃く反映される。オランダの特徴は合理性と思い切りの良さ。ヒディンクのやるようなサッカーである。

そんなオランダのサッカーを含む、サッカーの戦術の変化を時系列で解説したのが本書である。サッカーの戦術の変遷がよく分かる。オランダのトータル・フットボールやアリゴ・サッキのゾーンディフェンスとプレッシングなど、サッカー好きにはより観戦が楽しくなる情報が満載。説明も分かりやすく、サッカー観戦する視点を変えてくれそうである。

著者は、サッカーで戦術が占める割合は小さいと言う。「サイドチェンジを使って攻める」という戦術があっても、それに適した状況がなければ、他の展開を選手が選択することになる。確かにそれは言える。しかし、同時に戦術は弱いチームが強いチームに勝つために絶対に必要なものでもある。この本に示されているように、1982年W杯のブラジルは成熟した選手たちが自分で判断して動き、ゲームを展開していけるチームだった。しかし、それは現在の日本代表には当てはまらない。ジーコのときの代表を見ても分かるとおり、日本はまだ自分たちだけの判断でやっていけるほどチームとして成熟してはいない。世界ランク40位の日本が世界の強豪と互角に戦うには、より優れた戦術をどんどん取り入れていかなければならないだろう。

1974年のオランダに始まり、現代のアーセナルやマンチェスター・ユナイテッドなどの戦術を詳しく知ることができる。この書を読んで分かるのは、ヨーロッパや南米では日本よりはるか以前から高いレベルの戦いの中でより強いチームであるための戦術を磨いてきたということだ。Jリーグができてからほぼ13年。アジア・チャンピオンリーグができてからわずか7年。日本が世界の強豪と渡り合うためには、まだまだ時間と経験が必要だろう。それでも、日本のサッカー指導者の本などを読むと、日本サッカーは正しい方向に向かっているようだ。日本がベスト4ぐらいになれる日も、そう遠くはないのかもしれない。




 
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2009年10月11日

どうする理数力崩壊

「どうする理数力崩壊」      筒井勝美、西村和雄、松田良一
★★



ゆとり教育による学力低下に警鐘を鳴らす本。

この書では、詳しいデータを挙げて、「ゆとり教育」を徹底的に批判している。確かにデータを見ると学力が低下している。しかし、早まってはいけない。教師側は、たくさんの知識を学生に詰め込ませ、テストでいい点を取れるようにすればそれでいいかもしれないが、学生はそうではない。いずれ社会に出て、自分ひとりの力で生きていかなければならないのだ。そのとき、本当に力になるのは詰め込み教育による知識ではなく、総合学習や体験学習だと私は信じる。ゆとり教育の害を挙げるとすれば、学習時間が減ったため、読み書きそろばん(計算)の能力が十分に身につかない点である。この三技能がしっかりと身についていれば、学力はあとからでも伸ばせる。この三技能についてはもっと徹底的に教え、あとはゆとり教育でもかまわないだろう。

この本は、ゆとり教育による学力低下を指摘する。それはそれで正しい。しかし、まさか以前の受験戦争と言われた、学歴ですべてが決まってしまうような社会を再現させたいわけでもあるまい(著者は、それを望んでいるようであるが)。韓国は、日本以上の学歴社会なので、子供にかかるプレッシャーはものすごいらしい。それが教育のあるべき姿だとは思えない。教育について重要だと思われるのは、学ぶ喜びを与えること、バランスのとれた人間を育てることの二点である。私は今英語を勉強しているが、そこで学生時代には考えられなかったような学べる喜び、分かる楽しさを日々実感している。本来、勉強というものはいろいろな面でずっと続けていくものであり、その意味でも勉強の楽しさを教えることは大事である。そのためには、ゆとり教育の中の総合学習のような試みは決して無駄ではない。勉強ばかりしていても、頭の良い子供は育たない。いろいろな刺激を与えることもまた重要である。そして、人間は知(知識)・情(感情)・意(意思)の三要素がバランスよく備わっていてこそ人間らしく生きられる。「知」ばかり重視する教育は、子供の人格をゆがませ、テストでいい点を取ることしかできない人間を生み出すことにつながる。そういう問題をなくすため、ゆとり教育が導入されたのではなかったのか。子供が立派な大人になるためには、勉強だけでなく雑多な体験が要る。たとえ学習時間が減ったとしても、自分の意志で学べる子供を育て、体験学習などでバランスのとれた「普通」の大人をつくっていく―それが、教育のあるべき姿ではなかろうか。





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2009年09月27日

プリオン説はほんとうか?

「プリオン説はほんとうか?」         福岡 伸一
★★★★
この本でちょうど100冊目の書評になりました。読み続けてくださった方、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。





福岡伸一という人はあのベストセラー、「生物と無生物のあいだ」の著者である。この本はそれより前に書かれたものであるが、十分に面白い。

狂牛病の原因がタンパク質のプリオンにあることは誰でも知っているが、実はそれは立証されていないのである。プリオンは確かに狂牛病に関係している。しかし、プリオンそのものが病原体であるかどうかは証明されていない。

プリオン説が仮説にすぎないのは、高度に精製された異常型プリオンを健康な個体に注入しても発症しなかったからである。著者は、原因が特定されていないので、特定危険部位さえ除けばあとは食べても大丈夫という考えは危険であると言う。月齢20ヵ月以下の牛でも、危険性は十分あるのだ。日本政府は外圧に屈せず、全頭検査を続けてほしい。

読み物としては、非常に面白い。プリオン説の説明に始まり、その弱点を指摘し、別の原因の可能性を探る。そこには、謎解きのミステリーを読んでいるような知的興奮がある。狂牛病の騒動は、もう下火になってしまったが、この本を読むと、まだまだ輸入牛肉にも気をつけなければならないことを思い知らされる。

プリオン説を唱えたのはプルシナーという科学者である。彼は、その功績でノーベル賞を受賞している。しかし、この本で指摘されるように、その理論にはいろいろな問題点があることが分かる。権威ある賞を取ったからといって、必ずしも信用できるとは限らない。権威をあまり信頼しすぎるのも考えものである。プリオン説はその好例であろう。

プルシナーは、研究のデータの改ざんまではしていない。しかし、自分に都合のいいようにデータを示そうとしたのは確かである。彼のプリオン説は、最初は完璧なものだと思っていたのだが、ひとつひとつ検証していくと、証明されていない部分が意外に多いことに気がつく。ノーベル賞まで取った科学的な説が当てにならないというのは驚きであった。この本からは、真の科学的・客観的な視点を持つことの必要性を教えられる。

最後に、著者はウイルスが狂牛病の病原体ではないかという仮説を紹介している。そう考えると、プリオン説の欠陥がうまく説明できるのだ。なかなか興味深い説ではある。結論はまだ出ていないらしい。とりあえず、輸入牛肉は、たとえそれが月齢20ヵ月以下のものでも、食べないほうが安全なようだ。




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2009年09月12日

ベンゲル・ノート

「ベンゲル・ノート」           中西哲生、戸塚啓 
★★★★




アーセン・ベンゲル。ファンには言わずと知れた、サッカー界の名将である。その手腕は、あのストイコビッチも高く評価していた。この本では、彼の監督としての活躍を辿るとともに、その指導方法も知ることができる。

日本ではまだそんなに有名ではなかった彼は、名古屋グランパスの監督として知られるようになる。しかし、その彼をもってしても、グランパスを勝たせるのは容易ではなかった。弱いときの阪神タイガースのように、負けぐせがついたチームを強くするのは実に難しい。しかし、思うように勝てない状況の中、チームはフランスで合宿をきっかけにひとつにまとまっていく。その後のJリーグの試合でグランパスは勝てるようになっていくのである。

ベンゲルの目指すのは、たとえばオフェンスではクリエイティブな部分を生かしながら組織的なサッカーをすることである。これはそのまま、今の日本代表が目標にできるコンセプトである。

この本では、実際の練習方法が解説してあるのだが、それを見ると、実に実戦的で無駄のない練習をしている。合理的で、よく考えられている。オシムとは違い、そんなに厳しい練習ではなさそうである。練習時間もそんなに長くはない。その練習の中で、簡単なボール回し、シンプルなプレーを心がけろという指示が印象に残る。サッカーはそう簡単ではないので、この言葉が常に正しいとは限らないが、今の日本代表には参考になるだろう。中村憲剛や本田圭佑を除いて、日本代表はミドルシュートを打たない。シュートできそうな場面でもパスを選択する。こういう部分はベンゲルのアドバイスに従うべきだ。かつての日本代表、柳沢がそうだった。FWなのに、シュートにこだわらず、「サッカーはそんなに単純ではない」と言って得点が少なかった。他のポジションはともかく、FWの仕事は点を取ることである。「もっとシンプルに」という言葉はFWが必ず実践しなければならないことだ。

彼は、オシムと同じように、頭を使ったディフェンス、オフェンスをしろとも言っている。やはり、体格や運動能力で勝る相手に対しては、頭を使わなければ勝てないということだろう。

サッカーファンなら知っているように、その後ベンゲルはアーセナルの
監督になる。そして、そこでもすばらしい結果を出す。しかし、彼は今でも日本の役に立ちたいと思っているという。ならば、南アフリカ大会の次はぜひ彼に…と思うのは私だけではあるまい。

グランパスでの練習を見ても、そんなに変わったことや指導はしていない。アーセナルでも、練習内容は同じらしい。それでいて結果は出ている。結局、当たり前のことが試合でも当たり前にできるのが強いチームだということだろう。

頭が良く、冷静に試合を分析し、実績もあり、選手の起用も的確である。岡田の後の監督は彼しかいない。彼なら、確実に日本をベスト8ぐらいまで導いてくれるだろう。




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2009年08月16日

真夜中の神話

「真夜中の神話」              真保 裕一
★★★★




主人公は晃子。元は薬学の研究者である。夫と子供の死に責任を感じて研究をやめたのだ。彼女はインドネシアに旅行中、飛行機事故に遭い、奇跡的に助かる。ある村で治療を受けて助かったのである。しかし、その村には、ある秘密が…

ミュージックセラピーなどのいわゆる「いやし」、吸血鬼伝説など興味深いキーワードで読者を引きつける。一種のミステリーと言っていいだろう。また、吸血鬼のルーツや、イルカセラピーの内容など、新しい知識も得られる。

そして物語は意外な方向へと進む。クリスチャンである私には受け入れがたい方向へと。ヒントは、イルカセラピー、ヒーリング、聖人たちである。これ以上はネタバレになるので書けない。

ヒーリングの秘密、迫り来る追手の謎。そんな事柄がこのストーリーの臨場感を高めている。

聖人たちの「いやし」について、フィクションではあるが、驚くべき事実が明らかになる。もしこれが公になれば、既存の宗教は大きなダメージを受けるだろう。当然、それを邪魔する者も出てくる。この本の仮説を否定するつもりはない。しかし、それは一部の宗教家に当てはまることであって、キリスト教には該当しない。なぜなら、キリストが行ったのは単なる「いやし」ではないからだ。彼は数々の奇跡を行っている。水の上を歩いたり、たった二切れのパンを分けて1000人以上の人々が満腹したり、死後よみがえって多くの人々の前に姿を現した。これは明らかにこの小説の「いやし」を超えている。神の子にしかできない技である。

しかし、この仮説自体は面白い。それで説明のつく奇跡もいくつかはある。もし実際にこの仮説が正しければ、私たちは医療のやり方を変えなければならないだろう。医療を、そして医学のあり方をも変えてしまう仮説である。

構成もしっかりしており、最後まで飽きずに読ませてくれる。エンターテインメントとしての読みごたえは十分。あなたの読書リストに付け加える価値のある一冊。




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2009年07月19日

密告

「密告」                  真保 裕一
★★★




主人公は警官。かつては射撃でオリンピックを目指したが、その夢もかなわず、普通の公務員のように内勤をしている。彼は射撃をしていたときに、ライバルを蹴落とすためにある「密告」をした。そして、それから8年経った今、また同じ相手に対して密告をしたと疑われている…

著者が描く主人公の中には、あまり立派なヒーローとは言えない人物がいる。「連鎖」がそうだったし、この作品もまた然り。あまり応援する気にはなれないのだが、一般人に近いぶん、親しみやすく、感情移入しやすいのかもしれない。

この作家には少し作品によって当たりはずれがあるのだが、この小説はどちらかと言えば”当たり”である。興味深い話で読者を引きつけ、提示された謎で最後まで読ませる。パターンとしては、処女作の連鎖に近い。

密告の謎を突きとめようとして、主人公は行動するが、そこには予想以上の障害が待ち構えていた。果たして、事の真相は…か細い手がかりが少しずつふくらみ、確かな証拠となって「密告」の全貌が明らかになる。確かに、構成は魅力的だし、いい作品だとは思うのだが、肝心の真相が意外とちゃちで、とても読者を納得させられるものではない。はっきり言って拍子抜けである。その謎を知りたくて読者はこの小説を読み進めるのである。もっと誰も考えつかないような真相を用意してほしかった。

それでも、ラストは緊迫感あふれるアクション・シーンがあり、一応読者を満足させてくれる。作者は、こういったシーンの描写となると、本当にうまい。しかし、全体としての評価は、星3つといったところであろう。





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2009年06月28日

幻夜

「幻夜」                   東野 圭吾
★★★★




阪神大震災。日本人なら誰もが忘れることのできないあの大地震から物語は始まる。著者も大阪出身なので、やはり受けたショックは大きかったはずだ。それを消化するために、この小説を書いたのかもしれない。

被災地は一種の極限状態だった。そんな中では、人は何をしてもおかしくない。この小説は決して絵空事ではないのだ。東海地震、東南海地震、南海地震が起きたとき、私たちはどこまで普通にふるまえるか。パニックを起こし、エゴイスティックに行動してもおかしくはない。

著者はこのストーリーから何を伝えたいのだろうか。結局この世は弱肉強食だということか。「白夜行」との関連が取り沙汰されている作品である。白夜行の続編であるとも言われている。確かに、白夜行との共通点が見られる。同じパターンで物語が進行するのだ。美冬(主人公の女性)が言う。「昼間の道を歩こうと思たらあかんよ。あたしらは夜の道を行くしかない」しかし、彼女はそんな道を歩く必要性はない。この女性が裏の道を進む明確な理由がないのだ。そのため、この小説は説得力に欠ける。だが、この作品が白夜行の続編であったとすれば、すべて説明がつく。彼女が普通の人生を歩めない理由も、過去をどんな手を使ってでも隠そうとする理由もはっきりする。たぶん、それが正しい解釈なのだろう。

しかし、著者自身は、続編だと言い切ってはいない。そうでない場合のこの作品の解釈について考えてみた。なぜ「白夜行」と同じような構成であえてこの小説を書いたのか。白夜行は、子供時代にとんでもない経験をし、それに縛られ、引きずって生きざるを得ない男女の話だった。この「幻夜」では、阪神大震災が物語のスタートとなる。著者は、おそらくこの作品を通して震災のショックの大きさを描きたかったのではないか。震災による心の傷はあまりにも大きく、その当事者に裏の道を歩ませるほどだったと。だからこそ、白夜行と同じパターンでこの小説を書いたのだ。彼は作家だ。そして、作家にとって最もうまく自分の思いを表現できるのは、当たり前だがその作品である。関西人である著者にとって、あの震災のショックは大きすぎたのかもしれない。それを何とか自分の中で消化し、乗り越えるためにこの作品を書いたとも考えられる。

また、この作品は美冬の表の面だけを見れば、震災をきっかけにしてチャンスをつかみ、成功していく一種のサクセス・ストーリーと言えなくもない。著者はそうやって被災者にエールを送りたかったのではないだろうか。震災をひとつの発奮材料としてもう一度がんばってほしいとのメッセージである。

続編であるかどうかはともかく、この作品の前に、やはり白夜行を先に読んでおいたほうがいいだろう。




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2009年05月31日

学生街の殺人

「学生街の殺人」              東野 圭吾
★★★★




舞台は、かつては学生でにぎわっていたが、今はさびれてしまったとある大学のそばの学生街。ある男が殺される。第一の殺人は学生向けの安アパートで。凶器はナイフ。そして、その事件が解決しないうちに、第二の殺人が。凶器はまたもナイフである。被害者に接点はないように見える。いったい犯人は誰なのか。そしてその動機は…しかも、第二の殺人は密室で起こる。

この作品が発表されたのが1987年。高度成長期の真っ只中である。作中である人物が言う。将来やりたいこともなく大学に入り、卒業していく人間がほとんどである。そういう人はたいてい指示待ち人間で、ロクな仕事ができないと。そういう人間はいずれ機械に取って代わられるという。本当に取って代わられるかはともかく、この言葉は私の心に引っかかる。1987年といえば、バブルで日本が好景気だった時で、当然就職率も最高だったはずだ。企業は規模を拡大し、指示待ち人間でもいいからどんどん採用した。今から考えると何ともうらやましい時代である。しかし、現在必要とされるのは、大卒なら技能として英語とコンピュータを使いこなせ、さらに専門知識を身につけた人材らしい。もちろん、自分で考えて動くことが求められるのは言うまでもない。ここまでコンピュータが浸透してくると、作中の言葉もまんざら嘘ではなさそうだ。これから大学を目指す人には、ぜひ高い目的意識を持って、充実した学生生活を送ってもらいたいと願う。

小説のほうは、ついに、第三の殺人まで起きてしまう。作者はどう事件を解決するのかという疑問が出てくる。もちろん、最後にはちゃんと密室のトリックも解け、事件は解決する…と思われる。しかし、物語はそこでは終わらない。もう一波乱あるのだ。初期の作品ではあるが、十分に東野圭吾らしさが出ている小説である。単なる謎解きミステリーではなく、人物がよく描けている。ファンとしては、初期の作品を読むことで彼の成長ぶりや、テーマの変化などが分かって楽しめる。この作品のカギは最終章にある。謎解きが終わったからといって読み飛ばさないように。




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2009年05月11日

オリンピックの身代金

「オリンピックの身代金」          奥田 英朗
★★★




設定が昭和39年だけあって、モダンガールや日活のニューフェイスなど、今では死語となった言葉が出てきて読者をノスタルジックな気分にさせてくれる。

昭和30年代の世界観がしっかりと構成されている。文体も平易で読みやすい。殺人や覚せい剤などが出てくるわりには、小説全体のムードは明るい。そういう作風なのか、オリンピックのころの日本の活気が文章から感じられるからなのかは分からないが。

そして物語は動き出す。爆弾騒ぎに脅迫状。犯人は本当に草加次郎という人物なのか。犯人の目的は?犯人らしき人物はあっさりと分かる。ミステリーとは思えず、ちょっと先の読めない小説である。犯人側や、警察側など、いろいろな視点が入れ替わってストーリーは進行する。

物語の中で、マルクス主義について語られる部分がある。しかし、いささか時代錯誤という感が否めない。まあ、舞台が昭和39年なので仕方ないのだが。マルクスは、資本主義が世界中に行き渡り、その頂点にある国が崩壊すると予言したらしい。しかし、現実はどうか。サブプライムショックがあったとはいえ、アメリカはまだ崩壊してはおらず、そのずっと前にソ連はロシアに変わり、中国は資本主義経済を取り入れている。共産主義と比べて、どちらがより優れたシステムであるかは明らかであろう。

読んでいくうちに、だんだん作者の言いたいことが分かってくる。彼は、第二次大戦前でも戦後でも、人民が搾取される構造は変わらないといいたいのだ。身分の低い(エリートでない)人々は、劣悪な環境の中で黙々と働き、死んでも労災認定すら受けられない。この民主主義と銘打たれた社会の抱える矛盾。そんなことを伝えたいのだろう。

この本を読んで、改めて共産主義の欠点が分かった。住居がタダで、食料も平等に配分されるなら、誰も真面目に働こうとは思わないだろう。易きに流れる。それが人間の性質だ。共産主義にしても、そのシステムを管理する人間が必要であり、その人々が上に立つ。そうすれば、どうしても格差が生じてくる。誰でも分かる理屈である。

面白くは読めるのだが、クライム・ノベルとしてはいまひとつか。あっと驚くような奇抜なアイデアがあるわけでもなく、特に前半はアクションシーンもない。それでも、後半になるとミステリー的な要素も加わり、アクション・シーンも出てきて、すらすらと読める。しかし、全体としては、もうひとひねり欲しいところである。



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posted by 三毛ネコ at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | クライム・ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする