2017年04月10日

錦織圭物語

「錦織圭物語」                          松丸さとみ
★★★★



日本のスターテニス選手、錦織圭の伝記である。

彼は島根県の松江で生まれた。テニスを始めたのは5歳の時。すぐに夢中になった。錦織の才能に気づいた両親は、地元のテニススクールに通わせる。そのスクールのコーチは、錦織は1000人に1人の逸材だったと言う。錦織は子供のころから世界ランク1位になることを目指していたらしい。そして、世界で戦うには英語が必要なので、小学1年生のときから英語塾に通い始めた。

11歳の時、あの松岡修造が主宰する「修造チャレンジ」に参加する。そこで高校生を破って注目される。松岡は、錦織が成功すると確信していたので、あえて厳しく接した。

その後、中学1年生でアメリカのIMGアカデミーに入る。あのアガシやシャラポワといったトップ選手を輩出したアカデミーである。その時のコーチは錦織を、「フォアハンドには威力があるが、ボレーが弱く、サービスの技術は初心者」と評した。

しかし、IMGアカデミーの受講料は750万〜850万円と高い。幸い、日本のファンドが金を出してくれた。

そしてアメリカでの生活が始まる。しかし、やはり最初は言葉も通じずに苦労したようだ。そんな中でも、「世界一になりたい」ということだけははっきりと主張していた。アカデミーでは、勉強とテニスの練習を両立させていたようだ。だんだん筋肉が付き、体もできてきて、動くスピードが上がった。

その後錦織はジュニア・フレンチ・オープンで優勝。シニアの大会でも優勝し、17歳でプロになる。ランキングも順調に上がっていくのだが、絶えず悩まされるのがケガである。ヒザ、ひじ、下腹部・・・しかし、錦織はそのケガも乗り越える。

その後、特筆すべきはマイケル・チャンコーチとの出会い。チャンは錦織の、試合に臨む考え方を変えた。そして、ついにランキングベスト10の壁を破る。その後の活躍は皆さんご存じの通りである。

さらにレベルアップしていけば、あと何年かは活躍できるだろう。その間に、四大大会で優勝してもおかしくない。その日を楽しみにして応援したい。
posted by 三毛ネコ at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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