2017年06月12日

アンネ・フランク物語

「アンネ・フランク物語」                  ニーナ・ウェグナー
★★★★★



アンネ・フランクはユダヤ人で、1929年にドイツで生まれた。両親と姉1人の4人家族である。

アンネは小さいころから社交的な性格だったようである。一家は幸せに暮らしていた。

そのころ、ドイツは第一次世界大戦で敗北し、多額の賠償金を払う必要があった。そのためにドイツ政府は弱体化し、国民は貧しくなった。そこに出てきたのがヒトラーである。ヒトラーは政府が新しくなり、ユダヤ人がいなければドイツは再び復興する、と訴えた。そこから、ユダヤ人に対する差別が始まる。フランク家は、ドイツにとどまるのは危険だとみて、オランダに移住する。

アンネはオランダ語もすぐに覚えて、友達もできるのだが、あまり優秀な生徒ではなかったようだ。ただ、書くことは得意だった。また、学校の人気者でもあった。

アンネは数学が嫌いで、数学の授業ではおしゃべりばかりしていて、先生に注意された。しかし、書くことが得意だったため、母もおしゃべりだったとか、おしゃべりなアヒルの童話などを書き、怒られることを免れた。

しかし、1940年になると、そんなアンネたちに、ナチスの魔の手が・・・。ヒトラーは精神的、身体的に問題がある人たちは役に立たない、と考えてどんどん殺した。優生思想である。

そしてドイツはオランダを征服する。それからユダヤ人への迫害が始まるのだ。ユダヤ人は仕事を失った。オランダに何人ユダヤ人がいてどこに住んでいるのかも把握されていた。そしてヒトラーは恐ろしい目標を立てる。ヨーロッパの全てのユダヤ人を殺す、という目標を。オランダのユダヤ人は、殺されるか強制収容所で重労働させられるかのどちらかだった。そこで、フランク一家は以前経営していた店の一部を隠れ家とし、そこでひっそり暮らすことにした。

その少し前から、アンネはあの「アンネの日記」を書き始めるのだ。ここから先は「アンネの日記」を読んでもらった方がいいと思う。(私は未読ですが・・・汗)

いつ見つかるか分からない隠れ家での生活。カーテンも開けられず、大きな物音も立てられない。気づかれれば、強制収容所行きは確実である。そんな中でも希望を捨てず、仕事や目標を見つけて生活しようとするアンネたちの姿勢が印象的である。そんな普通の人たちの生活を平気で踏みにじるナチスの冷酷さを思い知らされる本だった。
posted by 三毛ネコ at 05:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ラダーシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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