2017年11月07日

カササギたちの四季

「カササギたちの四季」                   道尾 秀介
★★★★★



ミステリーの短編集である。

・ 鵲(かささぎ)の橋 リサイクルショップ・カササギ。開業から2年間、ずっと赤字である。店長は華沙々木(かささぎ)、副店長は日暮(ひぐらし)、そしてこの店に入り浸っている少女、菜美。ある身元不明の男からカササギが買ったブロンズ像。それを買いに来た男は、その像のことを知っていたようだった。男の後をつける副店長の日暮。そのブロンズ像は盗まれた物だった。そして、ブロンズ像をカササギに買いに来たのは、盗まれた家の主人の叔父だった。店長の華沙々木が見事に推理して、一件落着・・・のように見える。しかし、尻ぬぐいをさせられているのは別の人物。

・ 蜩(ひぐらし)の川 ある木工所から大量の注文を受けた店長の華沙々木。喜び勇んで目的地の秩父へと向かう。しかし、そこにも事件の匂いが・・・その木工所では、神木から神輿と鳥居を作ろうとしていた。しかし、華沙々木たちがそこへ行った日の朝、神木に誰かが傷をつけ、「お前もこうなるぞ」というメッセージが刻まれていた。前作と同じく、華沙々木が一見見事な推理を披露してみせるのだが・・・

・ 南の絆 この短編では、華沙々木たちと菜美との出会いから共に過ごすようになるまでのエピソードが描かれる。菜美の家に泥棒が入り、猫のナーちゃんが盗まれる。しかし、翌日にナーちゃんは返される。華沙々木が自身初の推理をして、事件を解決・・・したように見えるのだが、実際はそうではない。

・ 橘(たちばな)の寺 今までの3作品で、日暮にゴミ同然のものを高値で買い取らせていた和尚。それが、どういう風の吹き回しか、店のオーディオセットを高値で買い取ってくれた。後で、それには裏があることが明らかになるのだが・・・そのご、成り行きで和尚の寺に泊まることになる3人。その夜、泥棒が入る。ここでも華沙々木は事件をでっち上げ、迷推理を展開するが、ラストは意外に感動的になり・・・

一応、ミステリーなのだが、どうも華沙々木が事件を勝手に作り上げ、よけいに事態をややこしくしている感もある。それでも、殺人も起きず、ユーモアを交えてサクサクと展開していくので、ミステリーファンならずとも楽しめるだろう。
ラベル:道尾秀介 小説
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2016年12月27日

マスカレード・ホテル

「マスカレード・ホテル」                  東野 圭吾
★★★★



連続殺人事件。共通点は、現場に残された暗号のみ。このホテルで次に誰かが殺される-そんな設定。探偵コンビの誕生でもある。一人はホテルのフロントクラーク、山岸尚美。もう一人は切れ者の刑事、新田浩介。

ホテルにはいろいろな客が来て、様々な出来事が起こる。そんなことを繰り返しながらホテルの業務は成り立っているのだ。

そんな仕事をこなしながら、新田、尚美のコンビは真相に迫ろうとする。しあkし、フィクションとはいえ、取材に基づいているはずなので、実に様々な客がいるものだ、と思わされる。クレームをつける者、浮気現場を押さえようとする者…などいろいろな人間模様が描かれる。

天空の蜂などに比べると、そんなにスケールの大きい小説ではない。しかし、それが悪いわけでもない。小さい事件を解決すると、そこから本筋の事件への糸口が見つかったりする。そんな風にして話は進んでいく。事の真相が見えたと思ったら、さすが東野圭吾、真相はさらにその先にある。

意外性はあり、構成もうまく、犯行の動機も納得できるものである。刑事新田のホテルマン役になじんでいくところも、読んでいてすがすがしい。ホテル業務と刑事事件を上手に結びつけたミステリーである。なかなか楽しませてくれる作品だ。
ラベル:東野圭吾 小説
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2016年10月03日

パラレルワールド・ラブストーリー

「パラレルワールド・ラブストーリー」               東野 圭吾
★★★★★



パラレルワールド。決して交わることのない2つの世界。そんな中で物語は進行する。いや、正確に言えば2つの世界はほんの少しずつ、交わるのだ。そして、2つの世界には何か関連があるらしいことが分かってくる。不審な点も次々出てくる。いったい、真相はどこにあるのか?

少し変わった設定ではあるが、面白いミステリーになっている。主人公たち3人は複雑な関係になってしまう。そして描かれる2つの世界。その2つがつながったとき、そこには衝撃的な真相が−。

友情と恋愛、どちらを取るか。と書くと、古臭いテーマのようだが、さすがに東野圭吾。理系の専門知識を生かした設定で、うまくこの古くからあるテーマを料理している。私の好みで言えばあまり人間ドラマに興味はなく、ミステリーの真相にだけ関心があるのだが、やはり読者が魅かれるのは普遍的な人間模様なのだろう。そういう意味でも、この作品は十分に読み応えのあるものになっている。

私たちは自分の記憶を強固なものだと思っているが、実際はかなりあやふやなものでしかないのだ。そんな不安定な記憶の世界をこの作品は描き出している。私たちは過去の記憶に基づいて生きている。もし記憶がなければ、何もできなくなってしまうだろう。記憶こそがわれわれを形作っているものなのだ。そんなことを再認識させられた小説であった。

ラストの智彦(主人公の親友)の手紙は感動的だ。それには親友への友情と自分の責任を全うしようとする思いがあふれている。それはこのストーリーを読んできた読者の心を動かさずにはおかないだろう。またひとつ、私の好きな作品が増えた。
ラベル:小説 東野圭吾
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2016年07月20日

白銀ジャック

「白銀ジャック」                       東野 圭吾
★★★★



スキー場に爆発物!人質は客全員。犯人は身代金を要求している。

まったく無駄がなく、テンポよく話が進んでいく。エンターテインメントにおいて、読みやすさというのは大事な要素である。

同著者の「ちゃれんじ?」を以前読んだのだが、その内容では、作者はかなりスノボにのめりこんでいる。その体験が十分に生かされた小説だ。というより、たぶんその経験の中で考え出したストーリーなのだろう。

余談だが、作中に出てくるスノーボードクロスという競技はダイナミックでなかなか面白い。最近のオリンピックで正式種目となったらしい。一度観戦してみる価値はある。

私にも少しだけスノボの経験があるが、この作品はスキーやスノーボードがミステリーの要素とうまく合わさって、スラスラと読めるようになっている。

分かりやすい動機がある。容疑者もいる。しかし、あの東野圭吾がそんな分かりやすい真相を用意するはずがない。このミステリーの真相を見抜くことはたぶん無理だろう。果たして犯人は誰なのか。その目的は?

どうぞ、存分に東野ワールドを堪能していただきたい。
ラベル:東野圭吾 小説
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2015年12月01日

金のゆりかご

「金のゆりかご」                           北川 歩美
★★★★



早期教育。親なら誰もが一度はわが子にやってみたいと思うことだろう。この本のテーマはずばり,「早期教育は天才を作るか?」ということである。

天才かどうかを見極めるのに,よくIQを使う。IQ140以上がいわゆる天才とされている。しかし,アメリカの科学者がIQ200以上の天才児のその後を追ったところ,彼らは社会的に成功しているとは言い難かった。もちろん頭はいいので,いい大学には入れる。しかし,IQで対応できるのはそこまでである。大学院や実際の仕事で業績を残すには,創造力や対人関係能力が必要になってくる。これらはIQテストで測ることはできない。IQと成功とは必ずしも結びつかないのだ。それに,IQにはもう一つ問題がある。IQは精神年齢/実年齢×100ではじき出される。しかし,この式が意味するのは,10歳で20歳の人間並みの思考や精神活動ができればIQが200だということである。しかし,年齢が上がっていくとどうなるだろうか。たとえば45歳で90歳並みの精神年齢だとすれば,人はその人を頭がいいとは言わない。ボケているか,頭の働きが鈍いと判断する。従って,IQはせいぜい20代前半までしか指標として使えない。

さて,本書である。天才を作る研究機関,GCS。一見,順調に天才児を作っているように見える。しかし,その裏には大きな秘密を抱えていた…という,ミステリーの王道を行くような作品ではある。しかし,真相は,早期教育の是非から少しずれているため,ちょっと期待外れ。しかし,脳科学を切り口にしたミステリー小説になっており,楽しめた。命の重さ,天才とそうでない者との差別,そんなことを考えさせられる小説である。教育には正しい「型」などないのだ−改めてそう思う。しかし,最後のほうになって,話は複雑になる。殺人も起こる。そして,予想もつかない真相が明らかにされる。すべてを知った時,私は感心した。恐るべき計画である。真犯人によって操られる主人公たち。文句なしに面白い。
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2014年07月01日

生存者ゼロ

「生存者ゼロ」                         安生 正
★★★★




日本の石油基地。そこで人が死んだ。原因は不明。病原菌だろうか。

この手の話ですぐに思い出したのが天才クライトンの「アンドロメダ病原体」である。こちらも面白いのでぜひご一読を。

唯一、問題を解決できそうな専門家がいるのだが、周囲との摩擦や別の問題からそれもままならない。人間社会の複雑さを思わされる。専門家でないにもかかわらず、事件を解決する使命を負わされた者もいる。政治家は全く当てにならない。そして自体はますます悪化していく。ある人物により、真相は分かるのだが、原因は考えもしなかった意外なものである。それが分かるまで一気に読ませる筆力も見事なものだ。さらに読んでいくと、事はもっと深刻であることが分かる。果たして、ヒトは生き残れるだろうか?この災厄から。答えはこの本にある。

最後まで一気に読める面白さだ。巻末の参考文献の専門知識とエンターテインメント的要素をうまく結びつけているところは、クライトンにも劣らない。もっとこの著者の作品が読みたくなる、そんなデビュー作である。
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2012年02月20日

鳥人計画

「鳥人計画」                          東野 圭吾
★★★★★




傑作である。私はこの本にたまたま出会って東野さんのファンになった。彼が人気作家になる前から,多くの作品を読んできた。このような普通の推理小説ではない,ちょっとひねったミステリーを読んだのはこの本が初めてだった。それだけに強烈に印象に残った。今でもまだその「計画」をはっきりと覚えているぐらいである。いつかはこの作品についてもレビューを書かねばと思っていたが,ようやくその機会が巡ってきた。

スキーのジャンプ競技を主な舞台にして物語は展開していく。スキージャンプの選手たちの不自然な失敗ジャンプ。そしてあるジャンパーの不審死―その死は殺人だった。

私の記憶では,この小説に殺人の要素はないと思っていたのだが,やはりそこは乱歩賞作家,ちゃんと殺人も組み込んである。

スキージャンプ競技の話なので,登場人物のジャンプを分析したグラフなども出てくるのだが,分かりやすく説明してあるので,読みにくいというほどではない。この作品をよりリアルに感じさせる小道具となっている。

二度読んでも,やはり面白い。殺人事件の謎とある「計画」の謎が並行して描かれていく。その組み合わせ方などが上手い。ぐいぐい読ませる力がある。なぜこの作品が文学賞をとらなかったのか不思議なくらいだ。

恐るべき計画と殺人事件の謎が結びつき,事件の真相が明らかになる。そのとき,読者は間違いなく感心するだろう。その緻密な構成に。だいたいの東野作品は読んだが,やはりこの小説は一番のお気に入りである。
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2012年01月05日

片思い

「片思い」                         東野 圭吾
★★★★




久しぶりに会った元アメフト部の女子マネージャーは男の姿になっていた。驚く主人公。アメフトをモチーフとしてかつての仲間同士の思い出や友情が語られる。

性同一性障害。それがこの小説のテーマである。ストーリーの中で登場人物が言う。男と女の扱いが同じならこの障害の人間も手術を受ける必要はないというのである。しかし,これはちょっと違うと感じる。この考えは,いわゆるジェンダー(文化的に作られた性)というものである。それが厳然として存在するのも事実だ。しかし私は,男女の性差とは生まれつきの身体や脳などの作りの違いからくるものだと思う。例えば,男性と女性の脳には明らかな違いがある。左脳と右脳をつなぐ脳幹という部分で,女性のほうが男性より明らかに幅が広いのである。そのため,女性は男性より左脳と右脳をうまく連携させて使うことができるらしい。そして,この障害の男性の脳は女性に近いことも分かっている。だとすれば,性同一性障害の人の悩みは,ホルモン剤や手術によってのみ解決できる物理的なものであり,ジェンダーとは関係がないはずなのだ。

人間には優越感がある。もちろん劣等感もある。どちらも,人間が本来持っている性質からくるものだ。人と比べるのが人間の性である。身体的,精神的な違いを見分け,人によって違った扱いをする―それは,人間の本性だと思う。それを変えて男女を完全に平等にしようとするジェンダー論は,ちょっと無理がある。確かに,男女の違いを取り払う努力は必要だろう。しかし,それは性同一性障害の解決にはならない。

障害をテーマにした重い作品でありながら,同時に優れた読み物にもなっている。さすが東野圭吾,と言うしかない作品である。
ラベル:東野圭吾 小説
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2011年07月17日

真夏の方程式

「真夏の方程式」                         東野 圭吾
★★★★★




ガリレオシリーズの最新刊ということで,楽しみにしていた。警視庁の元刑事が死んだ。死因ははっきりしない。たまたま同じ宿に泊まっていた湯川はその出来事の解明に乗り出す。

おなじみの草薙,内海薫ももちろん出てくる。

物語の中で,湯川は言う。「人類が正しい道を進むためには,この世界がどうなっているのかを教えてくれる詳しい地図が必要だ。」それが不完全だから戦争もなくならないと。しかし,私にはそうは思えない。科学が今まで何をしてきたか。原爆を作り,地球温暖化を促進し,さまざまな生物を絶滅に追いやってきた。そして,人類は相変わらず戦争を繰り返している。科学が戦争を終わらせることができるとはとても思えない。むしろ,歴史を徹底的に学んだほうが,ずっと世界は平和に近づくだろう。「歴史は繰り返す」のだから。

ガリレオシリーズらしく,科学的な現象の説明が散りばめられていて,雰囲気をこのシリーズらしくしている。

ストーリーの中に,「容疑者Xの献身」のことを匂わせる会話がある。ファンにとっては,思わずにやりとさせられる場面である。

科学的なトリックや仕掛けを湯川が理系の専門知識を生かして見破る,というのがガリレオシリーズの読みどころなのだが,この物語では後半までそれらしき場面は出てこない。真相は確かに科学的な犯罪といえなくもないが,それよりもむしろ,親子の愛などにもとづく人間ドラマに重点が置かれている。作品としては,むしろ「容疑者Xの献身」に近い。従来の短編読み切りのガリレオとは一線を画している。感動まではしなかったが,名作といっていいと思う。読んでみる価値のある小説だ。
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2011年05月15日

メルトダウン

「メルトダウン」                      高島 哲夫
★★★★




いきなり,提示される謎。カリフォルニアの地方新聞社に,封筒が送られてくる。中には意味不明の図形が。それは新種の核爆弾の設計図だった。手紙を受け取った新聞記者は,その相手に会いに行く。そして,その図面は新聞で公開される。一方,ワシントンDCで大統領補佐官が死体で発見される。一見,自殺のようだが,それには不審な点が多すぎた。果たして,この物語の結末は…

この作品の中で,科学者が原爆実験をして「その感動に打ち震えた」,また「偉大な爆発」と記されている。著者は工学部卒であり,また原子力研究所に勤めていたので,この表現は科学者皆が抱く普遍的な感覚ではないかと思う。しかし,大量の人を殺す兵器を作っておいて,感動するなどというのは一般人の感覚からはかけ離れている。それが科学者の,ひいては科学の抱える問題ではないかと思うのだ。その研究が危険であっても,科学的なブレークスルーであれば,科学者はその研究の完成を望む。以前,科学は転がる石のようなものだと書いた。やはりそれは正しいと言わざるを得ない。科学者が上述のような感覚を持ち続ける限り,科学は人類にとって常に脅威であり続けるだろう。

最初はもっとスケールの大きな話だと思って読み始めたのだが,意外とちゃちだった。しかし,さすがにプロの作家,最後まで読ませる力は持っている。

ワシントンDCで起きた殺人事件と,カリフォルニアの地方新聞の記事をめぐる出来事。一見無関係な二つの出来事が交錯するとき,大規模な陰謀が明らかになる。真相はそれまで読んできた読者を十分に納得させられるものとなっている。私は,原発をめぐるクライム・ノベルかサスペンスのようなものを期待して読んだので,少しがっかりしたのだが,この展開も悪くはない。それなりに楽しめる。文学賞を取ったのにも納得がいく。これくらいの謎解きを用意しないと文学賞など取れないのだなと感じさせられた。



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2011年02月13日

パラレルワールド・ラブストーリー

「パラレルワールド・ラブストーリー」              東野 圭吾




パラレルワールド。決して交わることのない2つの世界。そんな中で物語は進行する。いや、正確に言えば2つの世界はほんの少しずつ、交わるのだ。そして、2つの世界には何か関連があるらしいことが分かってくる。不審な点も次々出てくる。いったい、真相はどこにあるのか?

少し変わった設定ではあるが、面白いミステリーになっている。主人公たち3人は複雑な関係になってしまう。そして描かれる2つの世界。その2つがつながったとき、そこには衝撃的な真相が−。

友情と恋愛、どちらを取るか。と書くと、古臭いテーマのようだが、さすがに東野圭吾。理系の専門知識を生かした設定で、うまくこの古くからあるテーマを料理している。私の好みで言えばあまり人間ドラマに興味はなく、ミステリーの真相だけ関心があるのだが、やはり読者が魅かれるのは普遍的な人間模様なのだろう。そういう意味でも、この作品は十分に読み応えのあるものになっている。

私たちは自分の記憶を強固なものだと思っているが、実際はかなりあやふやなものでしかないのだ。そんな不安定な記憶の世界をこの作品は描き出している。私たちは過去の記憶に基づいて生きている。もし記憶がなければ、何もできなくなってしまうだろう。記憶こそがわれわれを形作っているものなのだ。そんなことを再認識させられた小説であった。

ラストの智彦(主人公の親友)の手紙は感動的である。それには親友への友情と自分の責任を全うしようとする思いがあふれている。それはこのストーリーを読んできた読者の心を動かさずにはおかないだろう。またひとつ、私の好きな作品が増えた。





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2010年04月27日

新参者

「新参者」                 東野 圭吾
★★★★




ドラマ化されて放送中なので、知っている人も多いだろう。

最初は短編集かと思ったのだが、そうではなく、一つの殺人事件を軸として、その捜査をする加賀恭一郎が現れるちょっとした謎を次々と解いていくという設定である。新趣向だ。加賀が解き明かしていく謎は、ハートウォーミングなエピソードばかりである。ミステリーといえば大体が殺人事件で、人情話とは縁が薄い。もちろんこの作品も殺人事件の捜査が基本なのだが、それぞれの章では、少しホッとさせてくれる話が続く。殺伐とした事件の捜査に潤いを与えてくれる。

ミステリーとしては、特別に優れているとはいえない。ミステリーというよりは、人情がメインテーマになっているからだ。しかし、こういう小説も悪くない、と感じさせる作品ではある。

加賀が言う。「事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人も被害者だ。そういう人を救うのも、刑事の役目です」加賀の人間性、仕事に対する姿勢が最もよく表れたセリフである。たとえ小説の中で脇役に過ぎない人物でも、その当人にとっては、その人生はかけがえのないものなのだ。そんなことを伝えようとする試みだったのだろう。

事件が終わった、と思われた後、ちょっとしたエピソードがあるのだが、それも人情味を感じさせる。どこまでも温かい物語である。





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2010年03月29日

イントゥルーダー

「イントゥルーダー」          高嶋 哲夫
★★★★




主人公は羽嶋。息子がひき逃げに遭い、意識不明の重体になる。しかし、その事故には不審な点が…羽嶋は事故の手がかりを得るため奔走する。はたして真相は?

作中で、原発についての議論がある。作者は、元原子力研究所の研究員だっただけに、原発については人よりも深く考えていたのだろう。作中では、賛成派と反対派の意見が記されている。それを読んで感じたのは、しばらくの間は原発を使う必要があるということだ。原発は確かに絶対安全ではない。しかし、少なくともCO2を出さないエネルギー源であることは確かだ。オバマのグリーン・ニューディール政策もまだ実行されていない。それまでの過渡期の主要エネルギー源として、原子力は有効だと思われる。その後はどうするのか?心配無用、日本にそれを解決できるテクノロジーがある。以前紹介した「マグネシウム文明論」がそれである。マグネシウムを海水から取り出してエネルギーとして使うこの技術は、世界中に普及すれば一気にCO2排出量を70%ぐらい削減できるだろう。それぐらい画期的なテクノロジーである。近い将来、マグネシウムを燃やして電気を作り、マグネシウム電池車に乗ることになるだろう。それまでのつなぎとして原子力発電は続ける必要がある。

覚せい剤、ダンプによる事故、原発…伏線らしきものが張られ、何か大きなものがその背後にあることを感じさせる。ミステリーの王道と言ってもよい。その真相が明らかになったとき、この本が賞を取った理由が分かった。途中までは、あまり夢中になって読めず、もっとコンピューターの(主人公はコンピューター・エンジニア)部分を中心に、クライム・ノベル風にしたほうが面白いなどと思ったのだが、やはり賞を取る作品は違う。きちんとどんでん返しもあり、真相を見抜ける読者はまずいないだろう。この物語のハイライトは最後の20ページぐらいにある。それまでは退屈な場面もあるが、我慢して読む価値はある。ラストが単純な大団円でないところも気に入った。




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2009年11月08日

浪花少年探偵団

「浪花少年探偵団」            東野 圭吾
★★★★




主人公は小学校の教師。悪ガキ達をなんとかまとめて指導しながら日々を送っている。そんな彼女の周りに次々と事件が起こる。彼女は持ち前の行動力と推理で事件を解決に導く。刑事の助けも借りながら。…と言っても、全然本格ミステリーなどではない。舞台は大阪。当然関西弁で物語は進行していき、ユーモアも交えられている。私は関西人だが、大阪府大出身の知人がいるので、南海高野線中もず駅などというローカルな地名が出てきたときは親しみを覚えた。大阪の雰囲気もよく出ている。さすがに著者は大阪出身だけあって、大阪人や街の様子もよく描けている。

ただ、気になるのは登場人物の使う関西弁。関西らしさを出そうとしているのは分かるのだが、現代人なら使わないような言い回しがある。たとえば、「しょうむない(つまらない)」という言葉。正しくはしょう「も」ないである。また、「ほんまでっせ」という言い方。こんな言い回しは年寄りかお笑い芸人でなければ使わない。特に最近の若者は、標準語に近付いており、アクセントだけが関西弁というように変わってきている。

この小説のコンセプトは、著者の地元である大阪を舞台に、笑いを取り入れた赤川次郎のようなユーモア・ミステリーを書こうとしているのだと思われる。その試みは、関西人の私から見ても見事に成功している。もう少し、ユーモアの要素が強くてもいいだろうという感じはするが。なかなか楽しめる作品ではある。




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2009年08月16日

真夜中の神話

「真夜中の神話」              真保 裕一
★★★★




主人公は晃子。元は薬学の研究者である。夫と子供の死に責任を感じて研究をやめたのだ。彼女はインドネシアに旅行中、飛行機事故に遭い、奇跡的に助かる。ある村で治療を受けて助かったのである。しかし、その村には、ある秘密が…

ミュージックセラピーなどのいわゆる「いやし」、吸血鬼伝説など興味深いキーワードで読者を引きつける。一種のミステリーと言っていいだろう。また、吸血鬼のルーツや、イルカセラピーの内容など、新しい知識も得られる。

そして物語は意外な方向へと進む。クリスチャンである私には受け入れがたい方向へと。ヒントは、イルカセラピー、ヒーリング、聖人たちである。これ以上はネタバレになるので書けない。

ヒーリングの秘密、迫り来る追手の謎。そんな事柄がこのストーリーの臨場感を高めている。

聖人たちの「いやし」について、フィクションではあるが、驚くべき事実が明らかになる。もしこれが公になれば、既存の宗教は大きなダメージを受けるだろう。当然、それを邪魔する者も出てくる。この本の仮説を否定するつもりはない。しかし、それは一部の宗教家に当てはまることであって、キリスト教には該当しない。なぜなら、キリストが行ったのは単なる「いやし」ではないからだ。彼は数々の奇跡を行っている。水の上を歩いたり、たった二切れのパンを分けて1000人以上の人々が満腹したり、死後よみがえって多くの人々の前に姿を現した。これは明らかにこの小説の「いやし」を超えている。神の子にしかできない技である。

しかし、この仮説自体は面白い。それで説明のつく奇跡もいくつかはある。もし実際にこの仮説が正しければ、私たちは医療のやり方を変えなければならないだろう。医療を、そして医学のあり方をも変えてしまう仮説である。

構成もしっかりしており、最後まで飽きずに読ませてくれる。エンターテインメントとしての読みごたえは十分。あなたの読書リストに付け加える価値のある一冊。




ラベル:真保裕一 小説
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2009年07月19日

密告

「密告」                  真保 裕一
★★★




主人公は警官。かつては射撃でオリンピックを目指したが、その夢もかなわず、普通の公務員のように内勤をしている。彼は射撃をしていたときに、ライバルを蹴落とすためにある「密告」をした。そして、それから8年経った今、また同じ相手に対して密告をしたと疑われている…

著者が描く主人公の中には、あまり立派なヒーローとは言えない人物がいる。「連鎖」がそうだったし、この作品もまた然り。あまり応援する気にはなれないのだが、一般人に近いぶん、親しみやすく、感情移入しやすいのかもしれない。

この作家には少し作品によって当たりはずれがあるのだが、この小説はどちらかと言えば”当たり”である。興味深い話で読者を引きつけ、提示された謎で最後まで読ませる。パターンとしては、処女作の連鎖に近い。

密告の謎を突きとめようとして、主人公は行動するが、そこには予想以上の障害が待ち構えていた。果たして、事の真相は…か細い手がかりが少しずつふくらみ、確かな証拠となって「密告」の全貌が明らかになる。確かに、構成は魅力的だし、いい作品だとは思うのだが、肝心の真相が意外とちゃちで、とても読者を納得させられるものではない。はっきり言って拍子抜けである。その謎を知りたくて読者はこの小説を読み進めるのである。もっと誰も考えつかないような真相を用意してほしかった。

それでも、ラストは緊迫感あふれるアクション・シーンがあり、一応読者を満足させてくれる。作者は、こういったシーンの描写となると、本当にうまい。しかし、全体としての評価は、星3つといったところであろう。





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2009年05月31日

学生街の殺人

「学生街の殺人」              東野 圭吾
★★★★




舞台は、かつては学生でにぎわっていたが、今はさびれてしまったとある大学のそばの学生街。ある男が殺される。第一の殺人は学生向けの安アパートで。凶器はナイフ。そして、その事件が解決しないうちに、第二の殺人が。凶器はまたもナイフである。被害者に接点はないように見える。いったい犯人は誰なのか。そしてその動機は…しかも、第二の殺人は密室で起こる。

この作品が発表されたのが1987年。高度成長期の真っ只中である。作中である人物が言う。将来やりたいこともなく大学に入り、卒業していく人間がほとんどである。そういう人はたいてい指示待ち人間で、ロクな仕事ができないと。そういう人間はいずれ機械に取って代わられるという。本当に取って代わられるかはともかく、この言葉は私の心に引っかかる。1987年といえば、バブルで日本が好景気だった時で、当然就職率も最高だったはずだ。企業は規模を拡大し、指示待ち人間でもいいからどんどん採用した。今から考えると何ともうらやましい時代である。しかし、現在必要とされるのは、大卒なら技能として英語とコンピュータを使いこなせ、さらに専門知識を身につけた人材らしい。もちろん、自分で考えて動くことが求められるのは言うまでもない。ここまでコンピュータが浸透してくると、作中の言葉もまんざら嘘ではなさそうだ。これから大学を目指す人には、ぜひ高い目的意識を持って、充実した学生生活を送ってもらいたいと願う。

小説のほうは、ついに、第三の殺人まで起きてしまう。作者はどう事件を解決するのかという疑問が出てくる。もちろん、最後にはちゃんと密室のトリックも解け、事件は解決する…と思われる。しかし、物語はそこでは終わらない。もう一波乱あるのだ。初期の作品ではあるが、十分に東野圭吾らしさが出ている小説である。単なる謎解きミステリーではなく、人物がよく描けている。ファンとしては、初期の作品を読むことで彼の成長ぶりや、テーマの変化などが分かって楽しめる。この作品のカギは最終章にある。謎解きが終わったからといって読み飛ばさないように。




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2009年03月29日

どちらかが彼女を殺した

「どちらかが彼女を殺した」           東野 圭吾
★★★




シンプルな推理小説である。容疑者は二人。ある女性が殺され、その親友と元恋人が容疑者となる。男と女。どちらにも動機はある。そして、犯人を見つける手がかりとなる物証も提示される。真犯人はどちらか。

私はこの本を読んで、アガサ・クリスティーの「ひらいたトランプ」を思い出した。おなじみ、名探偵エルキュール・ポアロが活躍する。ある部屋で、一人の男が殺される。容疑者はたった4人。トランプのブリッジをやっていた人々が容疑者となる。ポアロは、そのブリッジの記録を見て、その進行の仕方から人々の心理を読み、見事に真犯人を見つけ出す。状況や推理の仕方は違うが、的確で論理的な推理によって読者が真犯人にたどり着けるという点では共通するものがある。また、「ひらいたトランプ」で容疑者を少なくしたのは、読者に対する挑戦だと思われる。ずばりと真犯人を当ててみろと。この小説もまた、読者に挑戦している。

驚いたことに、最後まで犯人の名は明かされない。推理のためのヒントは巻末にあるが、それがなければ犯人を当てることは難しいだろう。上質のフーダニットと言える。



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2009年02月22日

夜明けの街で

「夜明けの街で」              東野 圭吾
★★★




中年で妻子持ちのサラリーマンが、同僚の女性と関係を持つ。しかも彼女は、殺人事件の容疑者になってしまう。

不倫などすべきではない―そんなことはみんな分かっている。しかし、している当人たちは真剣なのだ。世界には、いろいろな形の夫婦がある。一夫多妻制もそのひとつだ。女性はどうか知らないが、少なくとも男は同時に複数の女性を愛することができるのだろう。不倫。その意味は、道徳から外れることらしい。しかし、部外者がそれを責められるだろうか。万引き、自転車泥棒、キセル乗車…すべて犯罪であり、道徳から外れる行為だが、たいていの人は、1回ぐらいしたことがあるのではないだろうか。また、キリスト教では悪事を行わなくても、そのことを考えるだけで罪になると主張する。ならば、われわれはすべて罪人であり、不倫をしている人間を非難することなどできない。問題はただひとつ、周りの人間を傷つけてしまうということだ。

人はどこまで人を愛せるのか―この作品の投げかける問いは、根源的で、重い。親子の愛や、夫婦の愛とはまた違う。不倫の愛。社会的に許されないことだけに、よけいにその愛情は強いのかもしれない。しかし、その相手が殺人事件の容疑者だとしたら、それでも愛し続けることができるだろうか。著者は問い続ける。

東野作品らしく、ラストにはちょっとした仕掛けがされている。ただし、それが読者を満足させるかどうかは疑問であるが。
ラベル:東野圭吾 小説
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2009年02月01日

連鎖

「連鎖」                  真保 裕一
★★★★




主人公は、検疫所で働く公務員。食品Gメンである。友人の妻と浮気をし、その友人が自殺未遂を起こす。しかし、彼の行動には不審な点があった。そして、彼はジャーナリストでもあり、その取材内容とのつながりも考えられる。果たして、真相は…

問題となるのは、放射能汚染された食物が日本に輸入されていたことである。牛肉やオレンジの輸入自由化の前の話だ。米国産の食品についてはいろいろ悪いうわさがある。アメリカ産の牛肉にはホルモン剤が含まれており、食べた男性が女性化したという話を聞いた。また、輸入が自由化された当初のオレンジにはOPPやTBZという発がん性物質が使われており、とても食べられるようなシロモノではなかった。日本という国は、国民の体のことなどちっとも考えてはいない。

この作品で描かれる主人公は、決してカッコいいヒーローなどではない。事件の真相を知ろうとするのも、友達の妻と浮気をした後ろめたさからだ。かなりマイナスの動機である。しかし、それでも徒手空拳で大がかりな犯罪に立ち向かっていく姿を応援せずにはいられない。勇気とは、必ずしも立派な動機から生まれるものではない。この作品は、「小役人シリーズ」と名づけられている。地位も特殊な技能もなく、一介の公務員にすぎない主人公が、ヤクザに脅されたりしながら真相に迫っていく。そこに読者は等身大の自分を見て、彼に自身を投影し、主人公に感情移入していくのではないだろうか。

江戸川乱歩賞受賞作といっても、中にはその名に値しないと思えるような作品もある。しかし、この小説は、デビュー作ながら、しっかりとどんでん返しもあり、しかも話が2転、3転する。十分に乱歩賞に見合うだけの作品になっている。
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2009年01月04日

灰色の北壁

「灰色の北壁」               真保 裕一
★★★★★




山岳小説集である。真保裕一の本領発揮といったところだろうか。たぶん、彼の好みだと思うのだが、登山の描写となると真保裕一は実にうまい。迫真の描写である。丁寧で細やかな彼の描写がぴったりなのだ。

例えば、「黒部の羆」では、冬山に関わる人々の山にかける熱き思いを描き出している。山は時に高揚感や達成感を与えてくれる。しかし同時に、少しでも気を抜けばその牙をむき、襲いかかってくる。そんな山の怖さと魅力がこの小説からは伝わってくる。そして彼らは山の素晴らしさを後輩たちに語り継いでいくのだ。山を愛する者たちの営みは続く。

「雪の慰霊碑」は、息子を山で亡くしたある男が、その現場である山に登る話である。山で一人、死んだ息子と対話する男。このような設定では、まさに真保流の文体がぴったりくる。

「灰色の北壁」では、ヒマラヤ山脈のスール・ベーラという山の北壁に挑む登山家を描いている。ミステリーの要素が加えられている。その真相を知って考えた。人が山に登るのに、理由がいるのか、と。もちろん、大義名分を持って登れば賞賛されるかもしれないが、どんな登山であれ、登りきったと言う事実、そして生きて戻ってきたと言う事実がすべてを物語っている。それで十分だと思うのだ。個人的な対抗心であろうと、金儲けのためであろうと、一向に構わない。有名な登山家、ジョージ・マロリーも言っている。なぜ山に登るのか?―「そこに山があるからだ」

しかし、事はそう簡単ではない。ある登山家の成功が、もう一人の登山家の失敗を証明してしまうのだ。真相を明らかにしても、誰も得をする人間はいない。時にどうしようもない現実が、人生には待ち構えている。それでも登場人物は、彼らなりの理由を抱えながら、ある登山家の名誉のために、北壁に挑んでいく。新田次郎文学賞を取っただけのことはある、読みごたえのあるミステリーである。
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2008年12月15日

十字屋敷のピエロ

「十字屋敷のピエロ」             東野 圭吾
★★★★




第三者の視点と、事件の起こる家に置かれているピエロの視点でストーリーは進んでいく。なかなか斬新な趣向で面白い。

殺人事件が起こるのだが、ピエロはその現場に置かれている。現場保存のため、彼(?)を動かすことはできない。そこで、ピエロは犯人らしき人間の行動を見たり、刑事たちの話を聞くことになる。登場人物たちにはそれは伝わらず、読者だけがその情報を得られる。ピエロの視点が犯人を見つけるためのキーポイントになっている。ピエロの視点はそれ自体がヒントにもなり、伏線にもなっている。そして最後のどんでん返しを知ったとき、思わず背中がぞくりとした。なかなかよくできた作品である。正直言って、最近は本格ミステリーに対する興味を失っていたのだが、その面白さを再認識させてくれた。批評家たちにはあまり評価されなかったようだが、東野作品の中でも上位に入る小説だろう。’92年の作品だが、少しも古さを感じさせない。

この古くて新しいミステリーの醍醐味を、あなたにも。



 
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2008年11月30日

聖女の救済

「聖女の救済」              東野 圭吾
★★★★




ドラマ化された「ガリレオ」シリーズの最新作。こちらは長編である。今回も湯川が活躍する。ある男が毒殺される。容疑者が浮かび上がるが、彼女には鉄壁のアリバイが。そのトリックに挑む湯川。

すごく読みやすい。物語に浸り、読んでいるうちに、いつの間にか2/3まで来てしまった。今、真保裕一の小説をよく読んでいるのだが、彼の文体は良く言えば細かく、緻密である。従って、人間や自然の極限状況を描くときはリアリティがあり、真に迫っている。しかし、悪く言えばしつこく、展開がスローすぎる。それに比べると、東野の作品はよけいな心理描写や情景描写が少ないのでスラスラ読める。エンターテインメント向きの文体といえるだろう。

すべての謎が解けたとき、読者はその執念にうならざるを得ないだろう。見事なトリックである。しかし同時に、常人ならば実行しないことでもある。それを可能にしたのは、犯人の執念とこの事件の特殊性による。女性でなければできない犯罪と言ってもいいだろう。

やはり東野圭吾、なかなか楽しませてくれる。この作品では、ある意味で女性らしさがよく描かれていて、いい作品だと思う。まだまだガリレオの活躍は続きそうである。
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2008年10月26日

レイクサイド

「レイクサイド」               東野 圭吾
★★★




この本の冒頭で、登場人物が教育論を戦わせる。小学生に中学受験をするための勉強合宿を強制するのがいいのかどうかという話なのだが、結論は、それは親の義務だということになる。その途中で、子供はみんな勉強が嫌いだという言葉が出てくる。私はそれに違和感を覚える。生まれつき勉強が嫌いな子供などいない。学校教育がまずいから、本来持っている好奇心や才能を潰され、勉強嫌いになってしまうのだ。赤ん坊や幼児を見てほしい。彼らにとってはすべてが新しい体験であり、日々学習し、成長していくのだ。そのモチベーションを維持できれば、勉強嫌いの子供などいなくなるはずである。そう考えると、子供に無理に中学受験などさせるべきではないだろう。

題名のとおり、舞台は湖畔の別荘地。子供の中学受験のための勉強合宿で、何組かの家族が宿泊している。そこで、殺人事件が起こる。犯人は主人公の妻であり、仲間が彼女を助けて犯罪を隠そうとする。隠蔽を完璧にするため、あらゆる備えがなされる。しかし、話が進むにつれ、意外な真相が浮かび上がってくる…

真相を知ると、中学受験が大きなキーワードになっていることが分かる。受験戦争などというと死語のようだが、まだまだ子供の受験で目の色を変える親がいることを思い知らされる。もっと多様な価値観を持てる社会を作り出さねばならない。そんなことを考えさせられた。
ラベル:小説 東野圭吾
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2008年07月01日

奇跡の人

「奇跡の人」                真保 裕一
★★★★



奇跡―この物語の主人公は、まさにそれを体現したと言える。この言葉を聞いて、あなたは何を思うだろうか。たまたま運がよい人に起こることと思うかもしれない。しかし、それは違う。宮本延春という高校教師がいる。彼の中学時代の成績はオール1。入れる高校がなくて大工見習いになったぐらいである。しかし大人になってから勉強に目覚め、定時制高校から現役で名古屋大学理学部に合格してしまう。生まれつき頭が良かったのだという解釈もできる。しかし、私が言いたいのは本当によりよく生きたいという強い願望と意志を持ち続ければ、たいていの人は奇跡が起こせるということである。そんなメッセージがこの本からは感じ取れる。

全体を通して、人間に対する暖かい視点が伝わってくる。たぶん、著者の人柄なのだろう。

主人公は寝たきりの状態から奇跡的に回復し、自分のルーツを必死で探ろうとするが、なぜかそれは秘密にされている。そしてそれが明らかになったとき、私たちは衝撃を受けるだろう。さすが乱歩賞作家だけはある。単なる感動のヒューマン・ストーリーなどではない。ミステリー的な要素も十分入っている。それまでの暖かい世界観が崩れ去り、真実が明らかになる。それはこの物語を読んできた読者にとっても受け入れたくないものに違いない。が、現実はそう甘くない。最後に事実が明らかになったとき、胸が苦しくなった。これが小説の持つ力であろう。それでも、ラストシーンでは、またかすかな希望を残して物語は完結する。

人間が持つ強さ、愛が起こす奇跡―読んで損はない、名作である。
ラベル:真保裕一 小説
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2008年05月18日

流星の絆

「流星の絆」              東野 圭吾
★★★★



主人公の3兄妹の両親が殺されるところから物語は始まる。手がかりらしきものは出てくるのだが、結局その事件は迷宮入りになる。そして3兄妹は成長し、やがて法に触れる仕事をするようになる。悪どいやつから金を巻き上げるならまだしも、真面目に働いている人々から金を奪うので、多少主人公たちに感情移入しにくい面はある。しかし、勧善懲悪などというものがまかり通るのはテレビの時代劇ぐらいのものなので、一種のクライム・ノベルと思えば受け入れられないことはない。

3兄妹はあるターゲットを見つけるが、なんとそこで親の仇を発見してしまう。それからどういう展開になるか…それはあなたの目で確かめてもらいたい。

人間には理性と感情がある。ふだんは理性で感情をコントロールしているが、人間はロボットではないので、感情のままに衝動的に行動してしまうことは十分ありえる。このストーリーのようなシチュエーションはまず実際にはありえないだろうが、私たちに人間の不可思議さを考えさせてくれる。なぜ人は体に悪いと分かっていてタバコを吸いつづけるのか。なぜギャンブルで損をすると思いながら大金をつぎ込んでしまうのか。その答えは、人間は感情に流されやすい生き物だということだ。人間の行動はロボットやコンピューターのように予測のつくものではないし、だからこそ人間の行動をテーマにした多くの小説や映画、演劇などが成り立つのだ。ひとりの人間を本当に理解するのは難しい。たとえそれが自分自身でも。だからこそ、このような小説の存在価値があるともいえる。

最後に、兄妹の長兄が言う印象的なセリフをひとつ。「俺たちって流れ星みたいだな。あてもなく飛ぶしかなくって、どこで燃え尽きるか分からない。だけど、俺たち三人はつながってる。いつだって絆で結ばれてる。だから、何も怖がるな」
ラベル:東野圭吾 小説
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2008年04月06日

悪意

「悪意」                  東野 圭吾
★★★★★



一人称の形で物語は進行する。ある作家が殺される。犯人は案外あっさりと分かる。しかし、その犯人はなぜか動機を語ろうとはしない。次々と動機に関係ありそうな事柄が浮かび上がってくるが、決め手となるものはない。謎はますます深まってゆく。そして、犯人自身によって真相が語られる。それは込み入っており、われわれ読者が想像できる範疇を超えている。作家というもののエゴを感じずにはいられない。しかし、犯人が動機を語らなかったのは、愛する人を守るためだった。そこからは、人間の本質が見えてくる。愛すべき存在としての人間。悪意というタイトルがついているが、事件の真相からは犯人の悪意は見えてこない。むしろ、自分ではどうしようもない感情に流される人間の弱さ、哀しさ…そういったものが浮かび上がってくる。このストーリーは決して特別なものではなく、われわれがともすれば陥りかねないわなを描き出している。どこにでもある、私たちみんなが持っている悪意。それが時には、殺人事件を引き起こすこともあるのだ。私たちは、彼ら(殺人犯)を特別な人間と考えるのではなく、同じ人間としてとらえるべきであろう。

…と思っていたら、最後に大どんでん返しが待ち受けていた。これまでの出来事がすべて覆されてしまうほどの。さすが東野圭吾、と思わせる作品である。ミステリー好きを満足させるに足る好著。

悪意―。このタイトルの持つ本当の意味を知ったとき、読者は人間の不可思議さ、その心理の微妙さに思いを致さずにはいられないだろう。人間の持つ業が見事に表現されている小説である。
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2008年03月09日

予知夢

「予知夢」               東野 圭吾
★★★★★



ガリレオのあだ名を持つ物理学者湯川がさまざまな難事件をその知識と論理的思考力を駆使して解決してゆくシリーズの第2弾。

「探偵ガリレオ」はドラマ化されるずっと以前に読んでいたが、この本はドラマが終わった後に読んだ。原作と違い、ドラマには多少のアレンジがされている。湯川のところに事件を持ってくる刑事は男から女になり、湯川の推理シーンでは一心不乱に数式を書きなぐるという設定が加えられている。原作は男ばかりで色気がないので、刑事を女にしたのは分かる。しかし、数式を書きなぐる場面は、はっきりいってしらけてしまった。科学的なトリックを解くときに数式を書くのはまだ分かるが、この本に収録されている「夢想る」のように、事件の真相がまったく科学とは関係ない時まで数式を書き散らすのにはついていけなかった。すでに原作を読んで、湯川のイメージが出来上がっていたので、よけいに数式を書くシーンが気になった。まあ、ああいうアレンジはテレビ的ではあるし、原作を読んでいなければ楽しめたと思うのだが。

このシリーズらしく、よく考えられたトリック、理系の専門知識、湯川のあざやかな推理によって事件は解決していく。一見ありえない現象を科学を切り口として解き明かしていくのがこのシリーズの読みどころ。この本でも、それは見事に継承されている。東野作品には当たりはずれが少なく、安心して読める。これからも、このガリレオシリーズを書き続けてほしいものである。
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2007年10月13日

すべてがFになる

「すべてがFになる」            森 博嗣
★★★



著者の処女作。本格推理小説だ。密室で殺された天才プログラマー。犯人は、いかにして密室トリックを完成させたのか。N大学工学部助教授、犀川とその教え子、萌絵が謎解きに挑む。

推理小説だが、1,2ヵ所、考えさせられる言葉が出てくる。たとえば、現実とは何だろうか?−そう萌絵は犀川に問いかける。彼は、それは私たちが現実について考える時だけ人間の思考の中に現れる幻想にすぎないという。さらに彼は言う。将来、現実は夢に限りなく近づいてゆくと。私はこの言葉に違和感を覚える。確かに、現在では「セカンド・ライフ」のようなバーチャル・リアリティー(VR)の世界も発達し、生活の中に入り込んできている。そういう意味では、現実と仮想との区別がつかなくなってきていると言ってもよい。さらに技術が発達すれば、現実世界とほぼ変わりがない世界を作り出すことも可能だろう。しかし、VRの世界と現実には決定的な違いがある。現実は決してリセットできないということである。小さいころからVRの世界になじんできた子供たちが、殺人などの凶悪犯罪を犯す危険性は高い。彼らは、命の尊さを知らずに育つのだから…

また、仮想世界の体験と、現実の体験とは似て非なるものである。それは、グレードの違いはあるが、テレビで見るプロ野球と現実の球場で体感するものとの違いに似ている。投手や打者はテレビのほうがよく見えるし、応援や解説なども聞くことができる。しかし、実際の球場で見られるもの−観客の歓声、守備のシフト、応援の熱気−そういったものは、決して仮想世界では味わうことができない。そして、TVやVRでは得られない現実に触れた感覚こそが、人間を成長させてくれると私は思う。百の知識より一の経験が重要なのである。特に、子供の成長にとっては。この著者の考えでは、これからの社会はどんどん人との現実の接触が少なくなって、人々は仮想世界のようなところで生きることになるらしい。確かに、一部の人々はそうするだろう。しかし、人間どうしの現実的なふれあいは決してなくならないだろう。少なくとも、人間が人間らしく生きたいと思うのなら。

ストーリー自体は面白い。物語が2転、3転し、密室トリックも思いもよらないものである。しかし、気に入らない箇所がひとつある。それは、殺される天才プログラマーの行動だ。密室トリックにも関わってくるのだが、彼女が思いもよらない行動をとるのである。普通の人間なら絶対にしないような行動を。この小説では、それを彼女が天才だからという理由で説明している。しかし、天才というレッテルを貼ってどんな奇妙な行動もそれで説明してしまうのは、安易すぎる。その点で、この小説は少し説得力に欠けている。
ラベル:小説 本格推理
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2007年10月02日

使命と魂のリミット

「使命と魂のリミット」          東野 圭吾
★★★★



舞台はある病院。医療ミステリーである。

テーマとしては、重すぎもせず、軽すぎもせずという感じか。しかし、読後感は実にさわやかである。内容に触れることになるので詳しくは書けないが、困難な状況の中でも手術を行い、患者を全身全霊を尽くして救おうとする医師たち、裏切られた傷を抱えながらも患者を救うために電話をかける看護婦…その自らの使命を懸命に果たそうとする姿勢には、なんともいえないすがすがしさを感じる。読後には、すっきりとした爽快感が広がる。

「使命」…これが、この小説のキーワードになる。果たして,どれだけの人間が、それを意識して仕事をしているだろうか。しかし、どんな職業にもそれは存在する。プロ棋士にはいい勝負をしてファンを楽しませるという使命が、お笑いタレントには人を笑わせ、楽しい気分にさせるという使命がある。そのような職業の人間には迷う時期があるらしい。将棋を指して何の意味があるのかと思い、ボランティア活動に参加した棋士もいたそうだ。だが、その時期を過ぎると、これが自分の天職だと思えるときがくるという。このとき、その人は本当の意味でその道のプロになり、使命を自覚できるようになったといえるのだろう。この小説の中心となる事件は、ある人物の使命感の欠如から起きる。そういう意味では、多くの社会人に意識してほしい2文字である。
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2007年09月03日

白夜行

「白夜行」               東野 圭吾
★★★★★



重い小説。読み進むうちに、どんどん重くなっていく。人間の暗部をまざまざと見せつけられる。小説全体を流れる、暗い、どろどろとした情念。

主人公の二人は、子供のころに社会の裏の顔を見てしまう。そこで一生かけてもいやされないような傷を負い、人間そのものが信じられなくなってしまう。そこから、二人の「白夜行」が始まる・・・白夜であるから、行く先が見えないことはない。しかし、なんとなくぼんやりとした風景の中を歩き続けていくとき、人はいらだち、やりきれない思いを抱くのではないだろうか。いつ夜が明け、晴れた空の下を歩けるのか。先の見えない閉塞感が、この題には込められている。

主人公の2人からは、いくら求めても決して満足することのない精神的な飢餓感のようなものが感じられる。彼らは、子供のころの事件によって形成されたゆがんだ価値観を持ち続け、それにしたがって行動してゆく。そのため、彼らを絶対的な悪としてとらえることはできず、人間という存在の複雑さを感じさせられる。

「人間は灰色の存在」、これがこの本から感じる一番のメッセージといえる。
ラベル:東野圭吾
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2007年05月06日

ジェネラル・ルージュの凱旋

「ジェネラル・ルージュの凱旋」         海堂 尊
★★★



メインとなる舞台は東城大学病院のICU. その描写には、臨場感がある。マイケル・クライトンの「ER」を思い出させる。

事件はある匿名の手紙から始まる。東城の救急救命センターの部長が、ある会社と癒着し、ワイロをもらっているという内容である。果たして、真相はいかに。

どうやら、時期的には「ナイチンゲールの沈黙」と同時進行で話が進んでいくようだ。「螺鈿迷宮」の前の出来事である。予備知識なしでもそれなりに楽しめるが、「ナイチンゲール」「螺鈿」を読んでおくと、事件との関連性がよく分かって、面白さが増すだろう。

著者は、この作品の中で、国の進める大学病院の独立行政法人化に疑問を投げかけている。物語の中で、ICUの部長は言う。救急救命部門は警察や消防署と同じように、「身体」の治安を守るためのセクションであり、採算など考えていては成り立たないと。私もそれに賛成である。本来、人の命を守るべき医療に、特にその代表とも言うべき救急医療には、国が全面的にバックアップをするべきであろう。救急医療は、資本主義の競争原理が最もそぐわない部門である。なにしろ、確実な予算や予定などは立てられないのだから。国は、財政と命と、どちらが大切だと考えているのだろうか。当たり前のことだが、人ひとりの命に代えられるものなど、この世にはないのである。

物語全体としては、読ませる力は十分にある。だが、ミステリーとしての要素は、「ナイチンゲール」よりさらに薄くなっている。この著者の作品は、ミステリーを期待して読んではいけない。あくまで、エンターテインメントとして楽しむべきである。
ラベル:小説 医療 海堂尊
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2007年04月21日

螺鈿迷宮

「螺鈿迷宮」              海堂 尊
★★★★



舞台は桜宮病院。バチスタ・スキャンダルが起きた東城大学病院と深いつながりがある。最先端医療は東城、終末期医療は桜宮。だが、ある時から東城が態度を変えたことから、今回の事件は起こる。

ストーリー展開は、この著者には珍しくシリアスである。また、医者ならではの現在の医療の問題点を鋭く突いた箇所がいくつか見られる。それが海堂の持つ問題意識であり、心からの叫びなのであろう。私たちは、その言葉に耳を傾けねばならない。…と思ったら、途中から、白鳥の部下、姫宮が初登場する。白鳥自身も、なぜか皮膚科医役で出てくる。何のことはない、いつもの海堂ワールドの始まりだ。まあ、ファンとしてはそれを望んでいたのではあるが。

しかし、それでもこの作品はこれまでとは異なり、メッセージ性が強くなっている。読者は、この作品を通して、終末期医療のありかたについて考えざるをえないだろう。ただ生きることか、その質を重視するかがこの作品の中でも問われている。生の質を重視する考え方からすれば、この小説で行われる犯罪は決して間違ってはいないのだ。体中チューブだらけになって生き続けるか、人間らしい死を選ぶか。どちらを選ぶかは、患者とその家族にゆだねられるべきではないのか。

事件の真相が明らかになった後でも、桜宮病院のシステムが間違っているとはどうしても思えない。この本では、医療行政が終末期患者を切り捨てる方針をとったために、今回の事件が起こる。それだけに、なおさら桜宮病院の姿勢を非難することができないのである。

医学の抱える闇は、私たち素人が考えるより、はるかに広く、深い。
ラベル:小説 医療 海堂尊
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2007年04月09日

ナイチンゲールの沈黙

「ナイチンゲールの沈黙」         海堂 尊
★★★★



「チームバチスタの栄光」に続く、メディカル・エンターテインメント第二弾。おなじみの医者の田口と変人役人白鳥のコンビが、新たなる事件に挑む。

前半は特に大きな事件もなく、なにかが起こりそうな予感もあまりしない。ただ、田口と子供の入院患者との対話が面白く、それだけで読ませる感じである。この著者の真骨頂は、キャラ作りのうまさと会話の軽妙さにある。ユニークなキャラクター、笑いの取れる会話。それだけでも、エンターテインメントとしては十分だ。
 
後半になると、事件が発生し、おなじみの白鳥が出てくるのだが、その少し前に、加納という警視正が登場する。その遠慮のなさ,強引な話の進め方、独自の捜査手法を押し通すところなど、完全に白鳥とキャラがかぶっている。二人は学生時代からの天敵で、そのやり取りは予想を裏切らず、けっこう面白い。全体として、登場人物の印象は、「バチスタ」よりも強い。

ただ、肝心の白鳥の活躍する場面が少ない。前作のような活躍を期待している人には、物足りないだろう。また、これは前作にも感じたことだが、ミステリーとしての要素が弱すぎる。とても「ミステリー」などと銘打つわけにはいかない。キャッチコピーのように、単なるメディカル・エンターテインメントとして読んだほうがいいだろう。

物語の中で、ある少年が叫ぶ。「由紀さん(末期の白血病患者)に最後の海を見せてあげられなくて、何が医療だよ。どこがプロなんだよ」この言葉がずしりと胸に響く。最も印象に残った言葉である。現在の延命医療のありかたは本当に正しいのか。私たちはただ患者を生かすことよりも、生きる質を重視すべきではないのか。医療もそういう方向に変わりつつあるが、あらためて医療のありかたについて考えさせられる一言であった。
ラベル:小説 医療 海堂尊
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2007年03月29日

チームバチスタの栄光

「チームバチスタの栄光」         海堂 尊
★★★★★



バチスタ手術という、心臓外科手術をめぐる謎を中心とした、エンターテインメントミステリー。第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。

まず、この物語の中心人物である外科医が、自分は人を何人も殺したという意味のことをさらりと言ってのけることに不安を感じる。その人物自身は強い正義感や使命感を持っているのだが、それでもその発言には危険なものを感じざるを得ない。医者はそのへんのサラリーマンとは違う。心臓外科医の失敗は即、患者の死を意味する。もっと自分の仕事に対して危機感を持つべきであろう。死に日々接している医者がそれに無感覚になるのはある程度仕方ないが、やはり命の重さを常に頭の片隅に置いていてほしいものだ。
 
ストーリーは、前半はバチスタ手術をめぐる謎を中心として読者を引っぱっていく。現役の医者が書いただけあって、専門用語が適度にちりばめられており、物語の臨場感を高めている。それだけでも面白いのだが、厚労省の役人、白鳥が出てくるところから、物語はがぜん面白味を増していく。
 
白鳥のキャラクターが秀逸。超がつくほどずうずうしく、しかしとんでもなく頭が切れるトラブルメーカー。こんな奴、現実的にはありえない。しかし、彼のおかげで、この小説は一流のエンターテインメントになっている。極端に言うと、手術をめぐる謎を除けば、この小説は白鳥1人で持っているようなものだ。彼と田口のやりとりを読んでいるだけで十分面白い。新たなタイプの名探偵登場!! ―そう評しても差し支えないと思う。ただし、医療に関する事件に限られるが。ホームズやポアロにはほど遠いが、三毛猫ホームズを越えるぐらいのインパクトはある。
 
ロジカルモンスター・白鳥の活躍により謎は解決するのだが、その真相が明らかになった時、暗たんたる気持ちにならざるを得ない。冒頭の続きになるが、医者が命に鈍感になった時、それはその人物が辞表を出すべき時なのだ…そう考えずにはいられなかった。
ラベル:医療 海堂尊 小説
posted by 三毛ネコ at 16:52| Comment(2) | TrackBack(0) | ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする