2012年12月04日

博士の愛した数式

「博士の愛した数式」                       小川 洋子
★★★★★



主人公は元大学の数学講師。その記憶は80分しかもたない。その家へ派遣された新しい家政婦。彼女の目を通して物語は進行する。

 話の中心は数学になる。数学という学問の美しさ。それに対する博士の純粋な驚きや喜びが読者の心を打つ。

 この博士はハンデを抱えながら,決して不幸ではない。家政婦親子は,彼の数学に対する愛情に触れ,彼との交流を楽しむようになっていく。数学といえば,たいていの人は拒否反応を示す。しかし,この小説の中では重要なモチーフとなっているのみならず,主役にさえなっている。この小説には悲壮感は漂っていない。むしろ,ほのぼのとした暖かみが伝わってくる。博士と雇われ家政婦との交流が描かれるのだが,80分しか記憶が持たない博士にとって,どんな体験も意味を持たない,と考える人もいるだろう。しかし,私はそうは思わない。人間は生まれた時から今までの出来事をすべて記憶している,と聞いたことがある。忘れたことでも,実際は潜在意識の中にちゃんと記憶されていて,それが浮かび上がってこないだけなのだと。博士にとっても同じことが言える,と私は信じたい。たとえすべて忘れているように見えても,その経験は潜在意識のどこかに蓄えられており,彼にとって貴重な財産となっているはずだと。

 「永遠の真実は目には見えない。数学はその姿を解明し,表現することができる」最も印象に残る,博士の言葉である。

 結末は少し悲しい。しかし,だからこそ読者の胸に残る。いい作品である。
ラベル:小説 小川洋子
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2009年03月02日

悼む人

「悼む人」                天童 荒太
★★★★




悼む人。このタイトルを見たとき、どういう話なのかと思った。内容はそのまま、ある若者が日本全国の死者を「いたんで」回る話である。彼はその行為で金をもらうわけではない。特定の宗教を信仰しているわけでもない。ならば何のために…最初はそれが謎である。読み進むうち、だんだん分かってくる。

彼の行動から、作者のメッセージを読み取ってみたい。まず、彼はどんな身分の人も分け隔てなく「悼む」。そこに、キリスト教と共通する思想を感じる。死は誰のもとにも共通して訪れるということ。また、キリストは悪人だろうが貧しかろうが自分を信じる者を差別せずに救った。作者が伝えたいことはそのあたりにあるのではないだろうか。彼の「悼み」により、どんな死者も一種のかけがえのない存在として彼の胸に刻まれる。と同時に、死者はその生の意味を肯定され、この世で意味を持っていた存在として昇華されるのではなかろうか。

私たちは普段、自分たちの中のものさし(善悪の基準)で物事を判断する。死に対してもそうである。ある死者は非難され、別の死者はほめたたえられる。それがどれだけ傲慢な行為なのか、「悼む人」はその行動で示す。前述したように、そこには差別がない。キリストとの行動基準の一致する点も、書いたとおりである。読み進めるうちに、死者を本当の意味で裁けるのは、神だけなのではないか…そんな思いが浮かんでくる。

彼の「悼み」は、最初は単なる自己満足としか思えない。確かにそれはそうなのだが、彼の行動は確実に関わる人を変えていく。あるフリーライターは視点を変えてものを書くようになり、彼の同行者の女性も自分の気持ちの変化に気がつく。彼の「悼み」が、周りの人に死を意識させ、それについて深く考えさせるきっかけになるのなら、そのふるまいにもプラスの意味を見出せる。

世の中にいろいろな宗教があるように、「悼み」にも様々な形があるだろう。この本に示されているのは、その一つのあり方にすぎない。しかし、普通の人が避けがちな「死」を真正面から見すえ、読後に死について考えるヒントを与えてくれる小説として、この本は見事にその役目を果たしている。



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2008年02月10日

半島を出よ

「半島を出よ」               村上 龍
★★★★





村上龍の小説の特徴として、その多くの作品にはマイノリティー(少数派)の人々が出てくる。それは、村上自身がマイノリティーだからかもしれない。彼自身が言っていることだが、村上は学生時代から「(平凡には生きられないという意味で)お前は絶対サラリーマンにはなれない」と言われていたようだ。美大に進学したのもその理由のためらしい。そんな村上だからこそ、マイノリティーの視点に立った小説が書けるのかもしれない。しかし、彼のマイノリティーに対する視点はいつも冷たく、鋭い。ときには残酷ですらある。村上は、そこから何を私たちに伝えようとしているのだろうか。その現実社会に対するシビアな視線には、薄ら寒さを覚えると同時に、その世界観に目を向けずにはいられない。

あらすじは、まず北朝鮮である計画が立てられる。その計画とは、福岡を占領するというものだった。立ち向かうのは、たった10数人の少年たちのみ。しかも、彼らはみな、暗い過去を持ち、心に傷を負っていた…

まず、巻末の参考文献の多さに驚かされる。「愛と幻想のファシズム」の時は500冊もの経済書を読んだそうだが、この小説も膨大な量の本を参考にして、緻密に構成されている。文学というよりは、完全なエンターテインメントである。

読み進むにつれ、日本という国のシステムの問題点が鮮明に浮かび上がってくる。経済の破綻、防衛システムの欠陥、有事体制の甘さなど。

心に傷を持つ少年たちだけが福岡を救おうとするというのは、日本の現在のシステムを破壊し、新たな道を提示できるのは政治家でも官僚でもなく、マイノリティーだけだということを暗に示唆しているように思える。特定の登場人物(少年たち、重犯罪人)をカタカナで表示したのは、彼らが一般大衆とは異なるマイノリティーなのだということを強調したかったのだろう。

心に深い傷を負った少年たちは、北朝鮮の兵士たちと戦うために協力しあう。その中で、自分の心の傷と向き合い、解消できる者もいる。彼らにとって、北朝鮮軍と戦うことは、一種の「いやし」だったのかもしれない。そこで彼らはおのれ自身の中にある破壊欲求を満たすことができ、普通の人間に戻ることができたのではないだろうか。

いろいろなことを考えさせられる本である。もちろん、単なる読み物としても十分に面白い。
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2008年01月20日

コインロッカー・ベイビーズ

「コインロッカー・ベイビーズ」       村上 龍
★★★





コインロッカーに捨てられた二人の男の子の物語。二人は双子として引き取られ、兄は棒高跳びの選手、弟は歌手として成功するが…

強烈なパワーを感じさせるストーリー。村上龍独特の世界が展開されてゆく。

物語の構造は、共生虫とよく似ている。たぶん、共生虫はこの物語をベースとして書かれたのだろう。何らかの問題を抱えた主人公が、強力な力を持った毒物や薬を求めて旅をし、それを獲得して使い、周りの環境を変化させる。心に問題を抱えた人間が自分を変えるためには、強力な外部からの力が必要だということだろうか。

この物語で著者は、コインロッカーに捨てられた子供の怒り、心の葛藤などを描きたかったのだろう。その手段として、殺人や性描写など、過激な表現を使ったのだと思われる。
ラベル:村上龍 小説
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2008年01月08日

アフターダーク

「アフターダーク」           村上 春樹
★★★★



主人公はエリとマリ。対照的な二人の姉妹が二つの物語を紡ぎだしてゆく。

主人公が「アルファヴィル」と言う映画に言及した部分からは、現代社会に対する警告や風刺が読み取れる。「アルファヴィル」の世界では、人は深い感情を持ってはいけないらしい。そこでは、おそらく人々は深く感動することも、大笑いすることも、泣くことも許されず、ただ淡々と毎日のルーティンワークをこなしていくのだろう。これは、現代社会にも当てはまるのではないだろうか。人々は、忙しさにかまけて、深い感情を持つことができなくなってしまっているとも考えられる。そういう意味で、「アルファヴィル」の記述は、非常に印象的である。

エリが眠っているうちにテレビの中の世界に行ってしまう場面も心に残る。エリは美人で、雑誌のモデルなどもしていたという。それがある夜、テレビの向こう側の世界に行ってしまう。夜…誰にでもそれはやって来る。だが、時に暗く、深い落とし穴のようなものがそこには存在する。どんな品行方正で真面目な人間であろうと、そこに落ちてしまう可能性はある。それはたとえば刑務所であったり、犯罪者の世界、あるいはテレビの向こうの芸能界であるかもしれない。この作品を読む限りでは、著者はテレビに出たり、モデルをすることを良いイメージとしてとらえてはいないようだ。一度そこに深く足を踏み入れてしまうと、二度と戻ることはできない。その中で暗い人生を送るしかないのだろう。村上は、それをエリがテレビの向こう側に引き込まれてしまうと言う描写で表したかったのだと思われる。しかし、エリはまた元の世界に帰ってくることができた。それは、彼女がまだ芸能界(あるいは、向こう側の世界)にそんなに深く入り込んでいなかったからだと考えられる。

村上の作品は、読みやすい文体とは逆に、そのテーマは非常に難解である。しかし、何回も読む価値のある小説ともいえるだろう。
ラベル:村上春樹 小説
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2007年12月23日

白仏

「白仏」                 辻 仁成
★★★



舞台は、筑後川下流の島。明治、大正、昭和の時代を生きた一人の職人の物語です。この作品は、フランスのフェミナ賞を受けました。

主人公の人柄や心情が、非常に細やかに描写されています。身近な人物の死を通して、人間の生や死の意味について考え、結局わからないまま死んでいく主人公。これが人生というものだと感じさせられます。

また、この小説では、主人公が自分の住んでいる村のすべての墓から骨を集め、すりつぶして粉にし、それを使って仏像を作るのですが、この行為からは、生きとし生けるものすべてが同根から生じるという仏教的な思想が読み取れます。主人公が50年以上生きてきて、やっとたどりついた一種の悟りといってもいいでしょう。

さらに、この考えは、神のもとではみな平等であるというキリスト教の精神とも一致します。だからこそ、国民の90パーセントがカトリックであるフランスで、この小説が評価されたのではないでしょうか。

非常に味わい深い作品です。皆さんも、ぜひ一度読んでみてください。
ラベル:フェミナ賞 小説
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2007年09月24日

共生虫

「共生虫」                 村上 龍
★★★★



主人公は、引きこもりの青年。パソコンを買ってもらい、インターネットを始めたことがきっかけでその生活、生き方が変わっていく、というストーリー。

主人公が2つの殺人を犯すことによって変わっていくところが印象的。最初は親であり、次はインターネットを通じて知り合った人間だ。この2件の殺人は、1 人の引きこもりの若者が親から自立し、インターネットの世界からも抜け出して周囲の人間に興味を持てるようになり、大人になっていく過程を表現した一種の比喩表現といえる。

著者が本当に伝えたかったのは、引きこもりの人間でも、何かきっかけがあれば劇的に変われるというメッセージではないだろうか。そういう意味では、希望をテーマにした物語である。
ラベル:村上龍 小説
posted by 三毛ネコ at 11:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 純文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする