2015年11月02日

資本主義の終焉と歴史の危機

「資本主義の終焉と歴史の危機」                水野 和夫
★★★★



序文にあるように、将来世界にフロンティアは存在しなくなるだろう。すべての国が発展してしまえばどうなるのか、という疑問は以前から持っていた。この本はその疑問にも答えてくれている。

アメリカでは、1974年以降、実物経済で利益を得ることが困難になっていき、1995年以降は金融で利益を上げるようになっていった。しかし、リーマンショックにより、アメリカ金融帝国も崩壊。これからアメリカはバブルを繰り返す金融帝国としてしか生き残れないという。シェールガスもアメリカを救うことはできない。この本を読むと、アベノミクスによる経済の回復もバブルでしかないことが分かる。貧富の格差が広がり、金持ちは超金持ちになり、中間層は没落する。ならば、どうすればいいのか。将来に希望は全くないのか。そうでもない。日本が資本主義に代わる新しいシステムを生み出せる可能性がある、と著者は言う。デフレや超低金利は資本主義が成熟しきった結果なので、先進国の中でいち早くその状態になった日本は一番最初に新たな経済システムを作り出す資格があるというのだ。あくまでも「可能性」がある、というだけであるが。

その新しい社会モデルのヒントの一つになるかもしれないのが藻谷浩介さんの「里山資本主義」である。批判もいろいろあるようだが、新しい生き方の一例だと考えれば、完全に切り捨てるべき意見ではないと思う。日本が新しい社会システムを率先して実現していけば、それにならう国も多いだろう。

少なくとも、私たちは気づかなくてはならない。右肩上がりの近代資本主義の経済モデルはもう終わっているのだと。そこから、新たな社会システムがスタートする。それを先導していけるのが日本なら、非常に喜ばしいことである。

非常に充実した内容で、これからの社会のあり方について深く考えさせられた。
posted by 三毛ネコ at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済・金融 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

資本主義以後の世界-日本は「文明の転換」を主導できるか

「資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか」        中谷 巌
★★★★




資本主義は行き詰っている。そうこの本は主張する。例えば資本主義の代表とも言うべきアメリカは金融立国として成功していた。あのリーマンショックが起こるまでは。あの出来事によって金融立国などというものが成立しえないことがはっきりした。日本でも小泉政権がアメリカをモデルとして金融立国を目指したが,アメリカが失敗したことでその目標を見失った。

 この本を読んで,今までの歴史観の間違いに気づかされた。例えば,日本は第二次世界大戦でアジアの国を西洋列強からいったんは解放したといったことである。私は日本がアジアの国々を侵略したと教えられたので,ずっとそういう認識をしていた。それが一面的な見方だと分かっただけでも,この本を読んだ価値があった。

 この本によれば,世界中にもうフロンティアは存在せず,世界は日本のようにゼロ成長経済にならざるを得ないらしい。確かにそれは言える。まだ中国やインド,アフリカや南米などは成長の余地が残されているが,先進国は行き詰っている。では,どうすれば我々はこの状態を打破できるのか。

 残念ながら,この本には資本主義に代わるはっきりとした社会モデルは提示されていない。まあ,著者自身も生まれた時から資本主義社会に生き,それを前提にして生活してきたのだから無理もないが。ただ,いくらかのヒントはある。欧米とは異なる価値観を持つ日本が資本主義から次の社会への文明の転換を主導できるかもしれないと著者は主張する。私も日本人のはしくれとして,そうなればいいと思う。日本が財政再建をして,再び成長経済国になったとき―その時こそ,日本は資本主義に代わる社会システムを作り出せるのかもしれない。
posted by 三毛ネコ at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済・金融 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

インタンジブル・ゲーム

「インタンジブル・ゲーム」          幸田 真音
★★★★



intangibleという英単語の意味を皆さんはご存知だろうか。無形のとか、触れることのできないという意味である。銀行のディーラー、それはまさにインタンジブルな仕事である。さて、この小説の主人公は米山志乃。外資系銀行の業務部門で働いている。その彼女が、退職を勧告されたところから物語は始まる。そして彼女は、あるとんでもない計画に関わることになる。それは、銀行のコンピューターシステムに侵入し、その金で思う存分ディーリングをしようというもの。最初はとっつきにくい経済小説かと思って読み始めたものの、フタを開けてみれば私の好きなクライム・ノベル。

小説として面白いだけでなく、金融取引の知識も得られる。ちょっと難しい説明もあるが、分かりやすく説明してあるし、犯罪計画として進行していくということで、そういう知識もスリリングでエキサイティングなものとしてすんなり頭に入ってくる。金融という比較的なじみのない分野で、これだけ人を引きつけ、読ませる著者の筆力には感心させられる。

しかし、ディーラーが動かす金額はハンパではない。4億、5億は当たり前。よく金銭感覚がマヒしないものだと不思議になる。また、ディーラーは一見ギャンブラーのように思われるが、実際は市場の動きを細かく分析し、自分なりの理論を構築し、ある確信を持って取引をするので、最高に知的な仕事なのだという説明も印象に残る。しかし、この説明には賛成できない。たとえば競馬マニアなら、あらゆるデータを集め、それを分析し、自分なりの考えを持って馬券を買うだろう。やっていることはディーラーとまったく同じである。その点では、ディーラーはギャンブラーと同じ性質の危険な職業であるといえる。少なくとも、金融取引は、素人が手を出すべきものではないことははっきりと伝わってくる。

経済・金融は正直言って難しい。しかし、世界の資本主義システムを支えていくためにはその知識は不可欠であり、その重要性は今後ますます高まっていくだろう。そういった点を考えても、このような小説をきっかけにして経済・金融の勉強を始めるのも悪くない。
ラベル:幸田真音 小説
posted by 三毛ネコ at 09:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済・金融 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする