2018年07月14日

夜の国のクーパー

「夜の国のクーパー」                伊坂幸太郎
★★★★



猫のトムの視点から物語は始まる。鉄国と猫の住む国との間に戦争が起き、鉄国が勝利して、鉄国から兵士が乗り込んできたのだ。そして冠人という王が殺される。

場面は変わって、どうやら現代の日本。妻に不倫をされた男が居心地の悪い家から抜け出し、釣りに行く。しかし船が転覆し、気づいた時には体を縛られて動けなくなっている。そこでトムと出会い、なぜか会話をしている。相変わらずオリジナリティーを感じさせる設定である。

そこで、この本のタイトルでもある「クーパー」という言葉が登場する。トムの住む国では毎年、選ばれた住民がクーパーと戦うのだ。クーパーを倒した兵士は透明になり、町の人間が困った時に助けに戻ってくる、とも言われている。

題名にもなっている通り、「クーパー」の話題が中心になって物語は展開する。クーパーとは何者か。それは実際に読んでもらうしかない。

猫の視点から客観的に描くことで、様々な人間模様、人間の残酷さなどを描写し、人間社会を風刺しているようにも思える。裏切り、欲望、死……人間の本当の姿がさらけ出されているように見えるのだ。

話が進んでいくと、意外な真相が明らかになっていく。さすがに伊坂幸太郎、単純に話を終わらせるようなことはしない。

最後のオチには苦笑させられた。あの有名な物語をヒントにしたパロディーなのだろうか。しかし、なかなか楽しませてくれたエンターテインメントだった。
ラベル:伊坂幸太郎 小説
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2018年06月23日

PK

「PK」                      伊坂 幸太郎
★★★★★



短編よりは少し長めの小説が3つ収録された中編集である。

・PK 主人公は○○、と言いたいのだが、なぜかこの小説の登場人物は個人名で呼ばれない。サッカー選手の「小津」と「宇野」を除いては。小津は、勝てばワールドカップ出場が決まる試合で試合の勝敗を決定するPKを蹴る。その直前に小津に話しかけたのが宇野である。宇野が何を言ったのかについて、様々な憶測がなされている。この場面が話のメインなのかと思うのだが、それだけではない。

名前の出てこない登場人物の作家が、印象に残ることを言うのだ。世の中は大きな力が物事を動かしており、個人の決断はあまり影響しない。ならば、その作家の子供に自慢できるほうを選べばいいと。もっと一般的な言い方をすれば、自分の好きな道を選べばいいとも読める。さて、果たして小津はPKを決めることができるのか?スラスラ読めるが、考えさせる言葉も含まれている作品である。

・超人 小説家の三島とその友人の田中のもとに、本田という特殊能力を持った(と本人は信じている)青年が現れる。本田は警備システムの営業で来たのだが、相手が小説家の三島だと知ると、相談に乗ってほしいと言う。話を聞くと、とても事実とは思えないことだ。さて、彼の特殊能力は事実か、単なる妄想か。

そして、この物語は「PK」とつながっている。同じ登場人物が出てきたり、前作のエピソードが明らかになったりするのだ。「PK」のいろいろな話が絡み合い、発展していく。

・密使 特殊能力を持った大学生の「僕」と、パラレルワールドの説明を受ける「私」の話が交互に描かれていく。「私」の話では、より良い結果を出すためにあるものを使って少しずつ変化を起こし、望む結果を得ようというのだ。

「僕」の話では「僕」が特殊能力を使えば世界を救える、という話になる。そして、「私」と「僕」の別々の話がつながり、ある結末を迎える。

3作品とも、著者らしさが十分出ており、伊坂ワールドを満喫できる中編集になっている。
ラベル:伊坂幸太郎 小説
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2018年02月03日

山嵐

「山嵐」                       今野 敏
★★★★★



時は明治時代。天才柔道家、西郷四郎の物語である。

四郎は陸軍士官学校に入るために上京する。そこで嘉納治五郎と出会う。そして、四郎は嘉納の柔道への情熱に惹かれ、嘉納の道場で修行をすることに決める。

四郎は小男だった。しかし、嘉納の提唱する柔道では、婦女子でも大男を投げられると教える。この時、嘉納治五郎は弱冠23歳。まだ柔道を教えるというより、その完成を目指して研究している段階である。

そこで四郎は腕を上げ、道場に来る初心者の指導を任されるようになる。

そして時は経ち、四郎は講道館四天王の一人になる。独自の技、「山嵐」も編み出す。

その後も講道館柔道は発展し続け、指導体系も完成する。しかし、四郎は自分の夢が嘉納とは異なることに気がつく。その結果、講道館を去ることになる。武術家、武田惣角との対戦でいよいよ自分の夢を追いたいという思いは強くなる。そして、彼は海を渡ってアジア大陸へ行こうと決める。

講道館を去った四郎だったが、やはり彼は根っからの武道家のようだ。周りからは柔道家の西郷四郎として扱われ、生きていくことになる。本人もそのことを自覚していた。

小柄な彼が強敵に勝つシーンには爽快感を覚えた。武田惣角ほどではないが、ドラマチックな人生である。武道家の人生を辿ることは興味深い読書体験となった。
ラベル:小説 柔道
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2018年01月20日

ラッシュライフ

「ラッシュライフ」               伊坂 幸太郎
★★★★★



舞台は仙台だが、冒頭からやたらと登場人物が多い。異なる場面で5つの話が進行するようである。しかし、同じ仙台なので、それぞれの話は相互に絡み合っている。

被害者に余計な心配をかけないようにと、書き置きを残していく律儀な泥棒。盗むのも1回に20〜30万円だけである。

未来が見えるという新興宗教の教祖を、性格が変わったという理由で殺して解体しようとしている信者とその子分。

ダブル不倫をしていて、相手の妻を殺そうと計画している精神科医の女。ネットを使って拳銃を手に入れた。

会社をクビになり、住んでいるアパートの家賃も払えなくなりそうな男。

なんだか、バラバラである。毎度のことだが、こんなにてんでバラバラに広げておいて、どうやってまとめるのだろう、という気持ちになる。

しかし、それが少しずつ、関連付けられていく。

作品の中に、前作「オーデュボンの祈り」のしゃべるカカシがちらっと出てくる。これも作者の遊び心であろう。

バラバラ殺人の話なども出てくるのだが、割とサラッと描いてくれるので、不快にならずにすむ。ラストに近くなってくると、それまでの伏線のような出来事が次々とつながり、ストーリー全体が明確になってくる。その展開には、一種の爽快感を覚える。

初期の作品だが、十分に伊坂テイストが出ていた。
ラベル:伊坂幸太郎 小説
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2017年11月18日

マリアビートル

「マリアビートル」                    伊坂 幸太郎
★★★★★



舞台は新幹線の中。3つの異なったシチュエーションと視点で物語は進行していく。これらのシチュエーションはつながっている。

自分の子供を意識不明の状態にされ、その復讐をしようとする男。しかし、犯人の王子という中学生に反撃され、身動きが取れなくなる。ある男から息子を救い出すように頼まれ、見事に救い出した殺し屋コンビ、蜜柑と檸檬。正体不明の依頼者から、トランクを盗み出すように言われた七尾という非合法の何でも屋。非常に運が悪い男である。

彼らをつなげるのは、一つのトランクだ。そのトランクを巡って、4人の思惑が交錯する。そのトランクの中身を知っているのは、蜜柑と檸檬だけだ。

蜜柑と檸檬はトランクを盗まれ、助け出した依頼者の息子は死んでしまった。七尾はトランクを手に入れるように頼まれており、そのトランクをうまく盗んだのだが、隠していたトランクを王子に取られてしまう。果たして、トランクは誰のものになるのか。そして、この物語の結末も大いに気になる。

殺し屋が登場する話なので、物騒なシーンが描かれたり、王子という性格のねじ曲がった中学生のエピソードなど、書き方によっては不快になるような内容もあるのだが、伊坂幸太郎独特の軽いタッチで、どたばた喜劇のように普通に読めてしまう。

話が佳境に入ると、先が読みたくてウズウズする。情勢が二転、三転し、そしてラストへ……エンターテインメント性もメッセージ性も十分で、楽しめる小説だった。
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2017年01月22日

神の子

「神の子」                          薬丸 岳
★★★★



IQ161。主人公、町田博史の知能指数である。一度見たものを写真のように記憶できる、まぎれもない天才である。しかし、彼は戸籍を持っておらず、学校にもまともに行っていない。人に対する共感や人間らしい情緒に欠けている。学歴もないため、まともな仕事はできず、非合法の仕事で稼いでいる。

その町田のボスである室井という人物は、犯罪は神の摂理だと言う。また、犯罪は神が求めている、とまで言う。こんな理屈にはまったく共感できないのだが、作品中の不幸な生い立ちの少年少女には説得力を持って響くようだ。

あることがきっかけで、町田は少年院に入ることになるのだが、その後、どんな展開になるのか−。それは読んでのお楽しみ。

ところどころで語られる正論が胸を突く。「自分は人に変われるチャンスを与えてあげたい」、「辛くても厳しい言葉を言ってくれる人こそが自分にとっての光」といった言葉である。作者が伝えたいメッセージは、そういったセリフではなかろうか。

最初はノワールなのかとも思ったが、そういう小説ではなかった。けっこう笑える場面も盛り込まれている。そして、主人公は人の情に触れ、だんだんと変わっていくのだ。人は変われる、いくらでもやり直せる・・・そんなことを思わされる。

しかし、そんなに簡単に話は終わらない。もう一波乱あるのだ。うまくいっていた展開に次々と問題が起こり、事態は悪化していく。そして一気に真相が分かり、エピローグへ…。やはり、人間関係で傷ついた心を癒やすのは人間でしかなく、人を変えられるのは仲間や恋人、家族など周りの人間の愛情である。人は一人では生きていけない、そんな当たり前のことを実感した小説だった。
ラベル:薬丸岳 小説
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2016年12月04日

楽園のカンヴァス

「楽園のカンヴァス」                       原田マハ
★★★★★



アンリ・ルソー。名前ぐらいはもちろん知っているが、作品は見たことがなく、この本の表紙で初めて目にしたぐらいである。特に心が動かされることもなかった。ならばなぜこの本を読むのか、と言われそうだが、理由は「ゼロ」や「ギャラリーフェイク」などの美術マンガを読んでいたから、というぐらいである。評判も良かったので、読む気になった。

ルソーのある作品についての真贋鑑定をするという形のミステリーになっている。著者は、ニューヨーク近代美術館に勤めていただけあって、リアルに美術の世界が描かれる。

私が一番印象に残った言葉がある。ルソーは「アートだけではなく、この世界の奇跡をこそ見つめ続けていたのだ」と。同感である。芸術というと、私たちは何か特別なものを想像してしまうが、実際はこの世にあるもの、この世の出来事を描写しているのである。文学も、絵画もそうだと思う。ただ、私も含めて、一般人にとっては同じものを見てもそれを特別な対象として受けとめる感性が発達していないだけなのだろう。私たちには平凡な風景がある画家には輝いて見えるのだ。芸術は私たちの日常の中にある。そのことを実感させられる一言だった。

「これまでに書かれたどんな美術ミステリーとも違う」との評の通り、私たちが思い浮かべる「ミステリー」とはちょっと違う。殺人も、ダイイング・メッセージもないが、確かに面白い作品に仕上がっている。肝心の謎は、殺人事件ほど劇的ではないが、アートをテーマにして一気に読み通せる小説である。その年、一番面白い作品に与えられる山本周五郎賞を取った理由も分かる。もっとこの作家の小説を読みたくなった。
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2016年10月08日

片想い

「片想い」                           東野 圭吾
★★★★★



久しぶりに会った元アメフト部の女子マネージャーは男の姿になっていた。驚く主人公。アメフトをモチーフとしてかつての仲間同士の思い出や友情が語られる。

性同一性障害。それがこの小説のテーマである。ストーリーの中で登場人物が言う。男と女の扱いが同じならこの障害の人間も手術を受ける必要はないというのである。しかし,これはちょっと違うと感じる。この考えは,いわゆるジェンダー(文化的に作られた性)というものである。それが厳然として存在するのも事実だ。

しかし私は,男女の性差とは生まれつきの身体や脳などの作りの違いからくるものだと思う。例えば,男性と女性の脳には明らかな違いがある。左脳と右脳をつなぐ脳幹という部分で,女性のほうが男性より明らかに幅が広いのである。そのため,女性は男性より左脳と右脳をうまく連携させて使うことができるらしい。そして,この障害の男性の脳は女性に近いことも分かっている。

だとすれば,性同一性障害の人の悩みは,ホルモン剤や手術によってのみ解決できる物理的なものであり,ジェンダーとは関係がないはずなのだ。

人間には優越感がある。もちろん劣等感もある。どちらも,人間が本来持っている性質からくるものだ。人と比べるのが人間の性である。

身体的,精神的な違いを見分け,人によって違った扱いをする―それは,人間の本性だと思う。それを変えて男女を完全に平等にしようとするジェンダー論は,ちょっと無理がある。

確かに,男女の違いを取り払う努力は必要だろう。しかし,それは性同一性障害の解決にはならない。
 
障害をテーマにした重い作品でありながら,同時に優れた読み物にもなっている。さすが東野圭吾,と言うしかない作品である。
ラベル:東野圭吾 小説
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2013年10月01日

ソウルメイト

「ソウルメイト」                        馳 星周
★★★★★




 馳星周さんの小説は一冊だけ読んだことがあるが、それはいわゆるノワール(暗黒小説)だった。読んでいて気分が悪くなり、苦い読後感だけが残った。それ以降、彼の本は敬遠していたのだが、この本はちょっと毛色が違うようなので読む気になった。
 
 泣けた。最高に。いつもとは違う、作者の文章。こんな小説なら読んでもいいな、と思う。「柴」でも泣きそうになったが、「バーニーズマウンテンドッグ」では涙を抑えることができなかった。作者らしく、と言っていいのかどうか分からないが、7つの短編はハッピーエンドばかりではない。悲しい物語も含まれている。かつて犬を飼って最期を看取ったことのある経験者としては、登場人物の気持ちがよく分かった。ソウルメイト(魂の伴侶)とは、ぴったりの名称である。

 犬と人間の絆、その存在の大きさがひしひしと伝わってくる本である。そして、作者が犬好きなのだろうということも。
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2012年04月01日

HOLES

「HOLES」 Louis Sachar
★★




ある少年が盗みをしたという容疑で更生施設に送られてしまう。そこで少年たちはひたすら穴を掘る。いったい何のために掘るのか。面白かった,感動したとの声が多かったようだが,50ページ読んでもその面白さが分からない。劇的な展開があるわけでもなく,殺人事件も起こらない。ただ毎日毎日穴を掘り,それにまつわる出来事が記されていくだけ。しかし,そこで少年たちは穴を掘るという作業を通して友情をはぐくんでいく。

100ページあたりからようやく話が動き出す。そのあたりで,少年たちは「何か」を探させられていることがはっきりする。いったい,それは何なのか。それは,実際に本を読んで確かめてもらいたい。

この話が面白くなるのは,中盤を過ぎたあたりからである。それまでちょっと我慢して英文を読む必要がある。

私はマイケル・クライトンのファンで彼の小説を3作ほど英語で読んだが,非常に面白かった。私はダイナミックな展開が好きなので,HOLESのような小説はあまり面白いとは思えないのだ。それでも,後半はアドベンチャー的な要素も出てきて,それなりに興味深く読める小説となっている。

「英語耳」には,この本が英語で読めればどんどんペーパーバックを読んでいけると書かれている。幸い,私は読むことができたので,ペーパーバックに挑戦していくつもりである。
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2010年02月15日

アマルフィ

「アマルフィ」                真保 裕一
★★★




イタリア、ローマ。そこから物語は始まる。テロ対策のスペシャリスト、黒田。彼がローマにある日本の外務省に着任したとき、ある事件が起こる。日本人少女が誘拐されるのだ。そして、その裏に潜む謎の計画「アマルフィ」。それは一体、どのようなものなのか…

ストーリー展開としては、ありふれたクライム・ノベルか、と思わせる。一つの事件が延々と描かれる。しかし、後半になると事件は新たな展開を見せ始める。そして、それまでの少し冗長な感じから一転、緊迫感あふれるシーンに。そしてついに、「アマルフィ」の真の狙いが明らかになる―。それは非常に緻密に練られた、用意周到な計画だった。

全体としては、よくできた小説だと思う。大がかりな陰謀、後半のスリル感あふれる展開。謎解きミステリーではないが、前半に張られた巧みな伏線。エンターテインメントとしては、上質の作品である。しかし…「ホワイトアウト」や「奪取」を読んでいるファンとしては、物足りない。特に前半が、やや単調で読者を引きつける力が足りない感じがする。前半に、もっと独創的なアイデアやドラマチックな展開がほしい。それがあれば、何かの賞を取れるぐらいの作品になっただろう。傑作というほどではないが、十分楽しめる小説である。




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2008年11月09日

黄金の島

「黄金の島」                真保 裕一
★★






ヤクザの世界。一般の社会からは遠いが、そこには彼らなりの論理があり、文字通り命を賭して権力争いをしている。そんな世界でミスをし、海外へ追いやられたあるヤクザが主人公。

舞台となるのはベトナム。主人公は最初タイに行くが、そこで命を狙われ、ベトナムへ逃れる。そこである若者のグループと知り合い、彼らを中心に話は展開していく。

どのジャンルに入れたらいいのか迷う、ボーダーレスな小説だ。ミステリーではないし、サスペンスにしては話の展開がおとなしすぎる。あえて言えば、「逃亡小説」というところだろうか。もっとアクションシーンを入れるなど、小説の特徴をはっきりさせれば、ずっと面白い小説になっただろう。エンターテインメントとしてはいまひとつか。読ませる力は十分にある。それだけに残念だ。「ホワイトアウト」のような力作を期待していたのだが。ダイナミックな展開がないのだ。手に汗握るようなシーンも少なく、大きな謎が提示されるわけでもない。どちらかと言えば、淡々と話が進んでいく感じで、ぐいぐいと引き込まれ、ページをめくらせる小説とはいえない。それでも、最後のほうになって、やっと展開が急になり、面白くなってくる。それまでの400ページは前置きだったとしか思えない。ほとんど無駄になっている。ホワイトアウトでもそうだったが、この作家は自然の極限状況を描き出すのが実に上手い。そこをメインにして、もっと人を引きつける小説を書いてほしい。
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2008年07月19日

ゴールデンスランバー

「ゴールデンスランバー」        伊坂 幸太郎
★★



のっけから大事件が起きる。日本の首相が暗殺されてしまうのだ。容疑者はあっさりと判明する。物語はその容疑者を中心に進む。果たして、彼の運命は…

この作家は初めて読んだが、全体として文章が軽い。特に会話が。読みやすく、気分が重くならないというところはいいのだが、描写が緊迫感や真剣さに欠ける。軽すぎるのだ。首相の暗殺といえば大事件である。しかし、この本からはその深刻さがまったく伝わってこない。読んでいて、何か違うという感じがぬぐえない。軽快に語るべきところと、緊張感を持って語るべきところのメリハリがないのだ。そのため、全体的に薄っぺらい印象を受ける。

登場人物の特徴はよく描けている。その軽いノリに前半はついていけず、しらけた感じで読んでいたのだが、後半になってやっと面白くなり、最後のほうは一気に読んでしまった。軽妙さも才能のひとつだろうし、ある意味では面白い。しかし、大事件が起こっているのに、こんなに軽くていいの?という疑問が湧いてくる。シリアスであるはずの展開が次の瞬間、実に軽い会話で薄められてしまうのだ。胸を打つような場面もあるのだが、表現があまりうまくないため、心を揺さぶられるほどではない。それが作風なのだから仕方ないのだが、私の好みではない。私は東野圭吾が好きなのだが、彼の作風はオーソドックスで気に入っている。

全体として、作風で損をしている印象を受ける。場面によって文章にメリハリをつければ、もっと面白くなると思うのだが。楽しく、重くないものを読んでみたい人はこの作家を選んでもいいかもしれない。

最後に、この作品を最もよく表す書名をアマゾンで見つけた。「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ著
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2008年06月22日

手紙

「手紙」                   東野 圭吾
★★★★★



ある男が泥棒をしてその家の老人に見つかり、その人を殺してしまう。それは弟のためだったのだが、彼は捕まり、弟は「殺人犯の弟」というレッテルを貼られて生きていくことになる。

テーマは「犯罪者の家族をどう扱うか」である。いかにも重い。しかし、小説自体はそれほど重い雰囲気ではない。その弟は、差別と偏見にさらされる中で、いくつかの希望を見出すのだ。それは、たとえば友人であったり、目標であったりする。彼なりに青春を取り戻すのを読むと、人間っていいな、とほんのり心が温かくなる。しかし、話が進むにつれて、そううまくはいかないことが分かってくる。殺人犯の家族だということがずっと彼に付きまとうのだ。その描写にはリアリティがある。殺人者とその家族は別の人間、犯罪に関係はないのだから差別すべきではない―みんなそう思っている。しかし、いざ目の前に殺人者の弟が現れたとき、そんな建前は崩れ去ってしまう。みんな、差別をすべきではないと分かっている。だが、本音ではトラブルに巻き込まれたり、世間体を悪くすることを恐れている。それが世間であり、社会なのだろう。

しかし、それでも私はこのような差別は許されるべきではないと強く思う。このような差別を許す社会を放置してはならない。子供ならまだしも、成長して自立した子供のしたことで親がなぜ責められなければならないのか。ましてや、兄がしたことに弟が責任を取る必要などあるわけがない。このような差別の根底にあるのは、優生思想であろう。ある種族や家系の人間は生まれつき優れているという思想。逆に言えば、犯罪者のDNAを持つ家族は排除すべきだという考えである。

かつてのナチスドイツの優生思想が何を生んだか、私たちはみんな知っている。私たちが犯罪加害者の家族を差別することは、ナチスによるユダヤ人の大量虐殺と同じ行動の動機があるということなのだ。あのような惨劇をまた私たちは繰り返すのか。いつになったら私たちは歴史から学び、成長できるのだろうか。やりきれない人間の性質がこの小説からは読み取れる。

東野は、私の考えとは真っ向から対立する意見を述べている。彼の意見は筋が通っており、納得もできる。しかし…それでも私は、差別に対しては正論を振りかざさなくてはいけない、という気がしてならない。ひとつの差別を認めることで、なし崩し的にほかの差別も肯定されるという危険があるからだ。また、差別を肯定することでこの世が少しでもよくなるとは思えない。それが実現しなくても、私たちは理想を持ち、それに向かって一歩一歩進んでいくべきだと思う。たとえ、それがどんなに青臭くても。
ラベル:小説 東野圭吾
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2008年05月26日

コイン・トス

「コイン・トス」              幸田 真音
★★



6年以上経っても鮮明に覚えているシーンがある。米国同時多発テロにより、ワールドトレードセンターが崩れ落ちていく映像だ。あの映像はショッキングであり、現実のものとは思えなかった。まして、犠牲者の家族、生き残った人々のショックは想像するに余りある。

この小説では、同時多発テロを題材とし、それに絡んで物語は進んでいく。主人公の愛する女性が、その時にWTCで働いていたのだ。その女性は、果たして…。

世界中の人々にとって、あのテロは衝撃だった。ましてや、人やものごとを深く観察し、掘り下げ、分析して表現していくことを生業とする作家にとってはなおさらである。私は、幸田がこの小説を書いた理由が分かる気がする。彼女は、自分が受けたショックやもやもやしたわだかまりを、このようなエンターテインメントを書くことで自分なりに消化し、また昇華させたかったのだろう。作家の感受性の鋭さとその性質をよく表している小説だ。

と思って読み終えると、彼女の思いはそれ以上だったらしい。あとがきにあるが、幸田の知り合いや友人がWTCで働いており、彼女は自分の受けたショックを乗り越えるためにこの小説を書いたのだ。内容的にはそれほど優れた小説とは思えない。しかし、著者にとって、この小説の持つ意味は非常に重い。誰もが経験するわけではない惨劇。この物語は、その渦中にいる人間が打ちひしがれ、そこから回復し、希望を見つけるまでの話である。読者のためというより、自分自身のために書かれたものである。私たちは、そこからいかにあのテロが人々にショックを与え、心に傷を負わせたかをうかがい知ることができる。この物語の主人公の心の動きは、そのまま著者自身の心の叫びでもある。

ラベル:幸田真音 小説
posted by 三毛ネコ at 13:46| Comment(2) | TrackBack(0) | エンターテインメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする