2009年10月11日

どうする理数力崩壊

「どうする理数力崩壊」      筒井勝美、西村和雄、松田良一
★★



ゆとり教育による学力低下に警鐘を鳴らす本。

この書では、詳しいデータを挙げて、「ゆとり教育」を徹底的に批判している。確かにデータを見ると学力が低下している。しかし、早まってはいけない。教師側は、たくさんの知識を学生に詰め込ませ、テストでいい点を取れるようにすればそれでいいかもしれないが、学生はそうではない。いずれ社会に出て、自分ひとりの力で生きていかなければならないのだ。そのとき、本当に力になるのは詰め込み教育による知識ではなく、総合学習や体験学習だと私は信じる。ゆとり教育の害を挙げるとすれば、学習時間が減ったため、読み書きそろばん(計算)の能力が十分に身につかない点である。この三技能がしっかりと身についていれば、学力はあとからでも伸ばせる。この三技能についてはもっと徹底的に教え、あとはゆとり教育でもかまわないだろう。

この本は、ゆとり教育による学力低下を指摘する。それはそれで正しい。しかし、まさか以前の受験戦争と言われた、学歴ですべてが決まってしまうような社会を再現させたいわけでもあるまい(著者は、それを望んでいるようであるが)。韓国は、日本以上の学歴社会なので、子供にかかるプレッシャーはものすごいらしい。それが教育のあるべき姿だとは思えない。教育について重要だと思われるのは、学ぶ喜びを与えること、バランスのとれた人間を育てることの二点である。私は今英語を勉強しているが、そこで学生時代には考えられなかったような学べる喜び、分かる楽しさを日々実感している。本来、勉強というものはいろいろな面でずっと続けていくものであり、その意味でも勉強の楽しさを教えることは大事である。そのためには、ゆとり教育の中の総合学習のような試みは決して無駄ではない。勉強ばかりしていても、頭の良い子供は育たない。いろいろな刺激を与えることもまた重要である。そして、人間は知(知識)・情(感情)・意(意思)の三要素がバランスよく備わっていてこそ人間らしく生きられる。「知」ばかり重視する教育は、子供の人格をゆがませ、テストでいい点を取ることしかできない人間を生み出すことにつながる。そういう問題をなくすため、ゆとり教育が導入されたのではなかったのか。子供が立派な大人になるためには、勉強だけでなく雑多な体験が要る。たとえ学習時間が減ったとしても、自分の意志で学べる子供を育て、体験学習などでバランスのとれた「普通」の大人をつくっていく―それが、教育のあるべき姿ではなかろうか。





ラベル:西村和雄 学習
posted by 三毛ネコ at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする