2016年08月30日

イチローの哲学

「イチローの哲学」                     奥村 幸治
★★★★



この本が書かれたのが2011年ごろ。イチローが10年連続200安打を達成した次の年である。まだマリナーズ所属のころだ。

著者はイチローのオリックス時代にバッティングピッチャーを勤めており、イチローとは親しかった。その後はトレーナーをしながら、少年野球の指導などもしているようだ。

イチローは自分が考えて「これだ」と確信して築き上げたスタイルは絶対に変えないという。そういうイチローだからこそ、一流のメジャーリーガーになれたのだ。しかし、自分が納得できたことは素直に受け入れる柔軟性も持っている。

イチローのルーティーンは有名だが、それはオリックス時代から実践していたらしい。バッティング練習では、まずレフト方向への流し打ちから始め、次にセンター方向、最後はライト方向に打ち返す。この頃からイチローは自分のルーティーンをしっかり守り、結果を出してきたころが分かる。

またイチローはヒットが出ない時期に練習量を増やしたりはしなかった。多くの選手が練習量を増やすのは「不安」だからである。しかし、イチローの場合は普段の練習でバットをボールに当てるタイミングやミートポイント、バットの出し方や角度を細かくチェックしているので、フォームやスイングが崩れた時、すぐに気づいて微調整することができる。だから特別な練習はしないのである。

イチローは自分が必要だと感じる時以外は練習をしすぎない。二軍時代に自分のバッティングフォームを確立する。春のキャンプでは確立したフォームをさらに技術的に進化させていく。そういうときは、イチローは猛練習をする。しかし、シーズン中のバッティング練習はバッティングフォームを確認したり微調整するためのものなので、そんなにハードな練習はしないのである。非常に合理的な考え方だ。

バッターボックスに入ったイチローは「目が怖い」と相手投手から言われていたらしい。猛獣が獲物を捕らえる時のような目だと言われていた。それを著者は、イチローが「無の境地」になっていて、ピッチャーを仕留めることだけに集中しているからだと推測している。

それから、この本は著者自身の人生について語っていく。打撃投手をしながらプロ野球の入団テストを受けていた著者だが、結局その夢をあきらめ、スポーツのパーソナルトレーナーになる。

そして、中学硬式野球チームを立ち上げる。教え子にはメジャーリーガー、田中将大もいた。著者が目指したのは、高い意識を持って野球に取り組み、今の自分に求められる役割は何なのかをきちんと自分で考える力を育てることである。メジャーリーグでは、選手が自分の考えを言わないとコーチがアドバイスできないという。従って、選手は目的意識を持って自発的に練習するようになる。

本書の後半は、著者が実践している野球の指導論や、指導者の条件について書かれている。前半のイチローとのエピソードはもちろん面白いのだが、後半の指導論も興味深い。

ベストセラーではないが、意外に拾い物の読書だった。
posted by 三毛ネコ at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ

「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」           ジョーマーチャント
★★★★★



アンティキテラ。この地名を聞いたことがある人はあまりいないだろう。ギリシャにある島である。そこで、ある機械が発見される。およそ二千年前のものだ。しかし、時計が出現したのは一千年前ぐらいのことであり、二千年前のギリシャ人がそんな機械を持っていたはずはない。謎は深まるばかり。そんな中、学者たちは知的好奇心をみなぎらせ、この機械の正体を知ろうとする。

そしてプライスという科学者によって謎が解ける。その過程は非常に面白く、科学好きならずとも知的興奮を覚えるだろう。果たして、どのような機械だったのか。それは読んでもらうしかない。

しかし、その後ライトという博物館の学芸員がプライスが解ききれなかった謎に挑戦する。それから、ついに彼は謎を見事に解いた…ように見える。しかし、実際はもうひとつどんでん返しがあった。なかなかうまい構成である。上質の推理小説を読むように、アンティキテラの機械の謎解きが楽しめる。欠点としてはやや説明が細かすぎること。読者が知りたいのはコンピューターの謎であり、細かい説明ではない。もう少しドラマチックにしてもよかったと思うのだが。

そしてついに、すべての謎が明かされる。二千年前に、今までは考えられなかった知識や技術が存在したのだ。今までの科学史観を覆す大発見である。当時の人間の知恵の深さにはただただ脱帽するばかりである。

途中、ちょっと単調な部分もあるが、それを補って余りある知的刺激を得られる。読みごたえは十分ある本。
posted by 三毛ネコ at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

Number 8/26 特別増刊号

「Number 8/26 特別増刊号」
★★★★



イチローの3000本安打達成記念の増刊号である。

2013年ごろから、イチローの加齢による衰えがささやかれるようになった。成績も下降気味である。昨シーズンの打率は.229。さすがにイチローも衰えた、もうすぐ引退ではないか―。そんなことを考えざるを得なかった。しかし、今シーズン、彼は見事に復活した。代打と先発との併用のため、安打数はさほどでもないが、もし今シーズン全試合に先発していたら、200本とは言わないが、確実に150安打ぐらいはできるだろう。それぐらい今のイチローは好調だ。

イチローが特別なトレーニングマシンでトレーニングをしている写真もある。彼はそのマシンでのトレーニングを欠かさない。筋肉をつけるためのものではなく、筋肉や関節の柔軟性を保つためのものだそうだ。イチローがこれだけ長くメジャーでやってこられたのも、このマシンのトレーニングによるところが大きい。このマシン、特注で全部揃えるのに「家一軒は建つ」そうだ。しかし、それは必要経費というものだろう。

今号によれば、イチローは壁にぶつかっても、それを肉体や年齢のせいにせず、技術的な面を改善することによって乗り越えてきた。すごいのは、自分で年齢という限界を決めてしまわないことだ。本当に50歳まで現役でやれるかもしれない。メジャーリーグ専門の記者によれば、「あと2年はやれる。安打数は200本ぐらいは行けるだろう」という。しかし、本当に50歳までできれば、夢の日米通算5000本安打だって不可能ではないのだ。メジャーでやれなくても、日本に帰ってくれば達成できる可能性はある。

そんな夢を見させてくれるイチローは、(分かりきったことだが)やはり尋常な選手ではない。
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2016年08月06日

未到 奇跡の一年

「未到」                             岡崎 慎司
★★★★★



奇跡が、実現してしまった。レスター優勝。しかし、これは事実である。そこに岡崎が所属し、奮闘していたことも。いったい、なぜこんな番狂わせが起きたのか。それが知りたくてこの本を読んだ。

ドイツのブンデスリーガで2年連続で2ケタ得点を挙げた岡崎。しかし、Jリーガーだった頃からイングランドのプレミアリーグにあこがれていたらしい。

ドイツのマインツで15得点を挙げると、レスターからオファーが来た。しかし、マインツ所属の他のFW2人が移籍したため、岡崎の力が必要だと慰留された。そして次のシーズンも2ケタ得点を上げ、レスターに移籍したのだ。契約直後に監督がラニエリに替わるなど、思いがけない出来事もあったが、結果的にはそれが良かったのだ。あまり戦術を重視する監督ではないらしい。

レスターの優勝オッズは5001倍。誰一人優勝など考えてもいなかった。ラニエリの目標もプレミアリーグ残留。

ラニエリはイタリア人らしく、守備を重視する。守備に関してはかなり細かく約束事を設けていたという。岡崎は、ザッケローニに似ていると感じたそうだ。

ラニエリは中心選手でも容赦なくスタメンから外すが、ラニエリとの約束が守れれば深い信頼を寄せる。こんなところが監督としてチームをまとめられた要因であろう。

岡崎は「試合に出る」と言う目標に向かってあれこれ考え、もがき、工夫し、没頭している時間がけっこう好きだと言う。この本を読むと、そんな岡崎を応援したくなる。

プレミアでは強いフィジカルが必要だと実感し、筋トレで体重を2キロ増やした。その成果も現れていたようだ。

20試合目でラニエリの目標だった勝ち点40を達成。その後も勝ち点を積み上げ、だんだん優勝に近づいていく。シーズン終盤になっても首位をキープし、2位トッテナムとも勝ち点5差があったが、選手たちが優勝を意識することはなかった。ラニエリも優勝については一言も触れなかった。目の前の試合に勝つことだけを考えていたのだ。何しろ、5001倍の優勝オッズである。期待されていない分、プレッシャーもなかったのだろう。

それに、ラニエリの選手起用も適材適所で効果的だったらしい。それが、ヴァーディーやマフレズの大化けにつながったのだ。

そして優勝が決まる。「どうしようもなくうれしい」、それが岡崎の思いだった。

奇跡のような1年だが、しっかり守ってカウンターという自分たちのサッカーを貫いたからこその結果と言えるだろう。来シーズン、優勝争いは厳しくなるだろうが、期待が大きくなる分、岡崎にとってはやりがいがあるとも言える。2ケタ得点ぐらいしないと、スタメンで出るのは難しくなるだろうが、きっと彼ならやってくれる。チャンピオンズリーグを含めた来シーズンの活躍が楽しみだ。
posted by 三毛ネコ at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

白銀ジャック

「白銀ジャック」                       東野 圭吾
★★★★



スキー場に爆発物!人質は客全員。犯人は身代金を要求している。

まったく無駄がなく、テンポよく話が進んでいく。エンターテインメントにおいて、読みやすさというのは大事な要素である。

同著者の「ちゃれんじ?」を以前読んだのだが、その内容では、作者はかなりスノボにのめりこんでいる。その体験が十分に生かされた小説だ。というより、たぶんその経験の中で考え出したストーリーなのだろう。

余談だが、作中に出てくるスノーボードクロスという競技はダイナミックでなかなか面白い。最近のオリンピックで正式種目となったらしい。一度観戦してみる価値はある。

私にも少しだけスノボの経験があるが、この作品はスキーやスノーボードがミステリーの要素とうまく合わさって、スラスラと読めるようになっている。

分かりやすい動機がある。容疑者もいる。しかし、あの東野圭吾がそんな分かりやすい真相を用意するはずがない。このミステリーの真相を見抜くことはたぶん無理だろう。果たして犯人は誰なのか。その目的は?

どうぞ、存分に東野ワールドを堪能していただきたい。
posted by 三毛ネコ at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする